第三章
第一二話
守光はまだ空を見ていた。
確かに今日は空気も澄んでいて、星空が凄く綺麗に見える。
しかし守光は必要以上に空を見ている気がする。
「守光さん、どれだけ星空を見れば気が済むんですか? 首痛めますよ」
「ああ、その通りだな。 あまりにも綺麗じゃったからつい……」
守光は俺に顔を向けようと頭を元に戻そうとしたが、急に首を手で押さえた。
「痛てて……」
どうやら守光は案の定、空を見すぎて首を痛めようである。
「何ですか守光さん、もしかして本当に首痛めたんですか?」
「ああ、どうやらそのようじゃな。 わしはもう死んでいるというのに、痛みはしっかりと感じるんじゃ。 理不尽なもんじゃ」
守光はそう言いながらゆっくりと首を元の位置に戻し、ゆっくりと首を回した。
生きている俺からしたら死んだ後、どうなるかなんて想像もできないし、したくもない。しかし守光のように討死という痛い思いをして死んだのに、霊となっても痛みを感じることに関しては少し同情してしまう。
「おぬし、今同情したじゃろ?」
「はい、地縛霊になっても痛みを感じてしまうなんて可哀想だなと……」
「ふんっ。 おぬしのような小童に同情されるとは、わしも情けないのう」
守光は脇差の柄を左の拳でコツンコツンと打ちつけている。
「あとおぬしにひとつ忠告をしておく」
「何がですか?」
「あまり霊に対して失礼な態度をとったり、同情するような事はするな。 憑かれるぞ」
いきなり何を言い出すのかと思ったら、オカルトな話だった。
守光は続ける。
「わしはまだまともなほうじゃが、わし以上のいわゆる『悪霊』と呼ばれるものは、思いの外その辺にゴロゴロとおるでな」
「俺、幽霊とかそういうのは信じていないんで」
「じゃがおぬしと今目の前で喋っておるわしは、紛れも無い幽霊じゃぞ」
俺はぐうの音も出なかった。
「こ、これは過度のストレスからくる幻覚です……」
そう答えるので精一杯だった。
そんな俺を見た守光は呆れたような表情を浮かべると、話題を変えた。
「おぬしの名前、桜が輝くと書くんじゃったな」
「ええ、そうですが……」
俺がそう答えると守光は立ち上がり、公園に植えられている桜の木に近付いた。俺も守光のあとを追う。
桜はまだ三分咲きである。守光はそのうちの一輪を指差し、問う。
「この桜、綺麗じゃとは思わんか?」
「はい……綺麗です」
俺がそう答えると、守光は桜の木から少し離れた。守光に手招かれ、俺は守光と同じように桜の木から離れる。
「じゃあこれはどうじゃ? おぬしはこれを見てどう思う?」
その桜の木は街灯と月明かりに照らされ、三分咲きとはいえ、十分過ぎるほど綺麗である。俺は守光にそう伝えた。
「ほう……。 相も変わらず普通すぎる感想じゃな」
守光は俺を鼻で笑った。
そんな守光に少々腹が立った俺は守光に問う。
「じゃあ守光さんはどう思うんですか?」
「わしか……?」
守光はニヤリと笑う。
「わしは怖いと感じるな」
「怖い……?」
「ああ。 月明かりに照らされた桜の花は、白や桃色とは違って紫に見えるじゃろ? それが妖麗であり、不気味でもあり、怖いと感じるのじゃ」
「……」
俺は過去にあった出来事を思い出した。確かさくらも守光と同じような事を言っていた気がする。それはあの時だっただろうか。
「どうした、また急に黙り込んで」
「いや……実はさくらも以前、守光さんと同じような事を言っていた気がして……」
守光は自分と同じ感性を持った人間がいつことがよほど嬉しいのか、前のめりになる。
「ほう。 さくらとかいう
「そんな気がするだけですけどね」
俺にはあまり自信が無かった。というのも、俺はさくらとの出会いから今に至るまでの大まかな記憶はあるが、あの時どんな事を言っていたのかという記憶はあまり無い。
「じゃがおぬしがそういう事を言うのであれば、恐らく実際に言ったんじゃろうな。 そのさくらとか言う
「そうでしょうか? 俺、昔から忘れっぽくて、自分の記憶に自信が無いんです」
俺の言葉を聞いた守光は、大きくため息をついた。
「あのな、おぬしはすぐにそういう後ろ向きな事を言うのをやめよ。 こっちまで落ち込んでくるわ」
守光はそう言うと、人差し指と中指を唇に当てた。
「ほれ、わしの気分を落ち込ませた罰に一本くれぬか?」
「欲しいなら普通に言ってくださいよ。 あげないなんて言ってないんですから」
「ははは、すまぬな」
俺は守光にタバコを渡し、火をつけてやった。俺もタバコに火をつけ、そのまま二人無言でタバコを吸った。
五分ほどの時間が経過し、俺たちはタバコを吸い終えると、ベンチに腰を下ろす。
すると突然、突風が吹き付けた。
「寒っ!」
守光は自分で自分の身体を抱きながら、ガタガタと震えていた。
「守光さん、そんなに寒いならもう帰ったらどうですか?」
「何じゃ、そんなにわしといるのが嫌か?」
「別にそういうわけではないですけど……。 ほら、寒いと身体にも触りますし……」
それを聞いた守光は、ニヤリと微笑む。
「おぬし、忘れたのか? わしはもうこの世の人間ではないのじゃよ。 だからどれだけ寒かろうが身体に触る事はない」
「……そうでしたね」
「うむ。 じゃからおぬしは案ずるな」
守光はそう言うと、再び桜の木に目を向ける。
「桜輝よ、おぬしは桜が好きか?」
「桜ですか? まあ、どちらかといえば好きですね」
「
「分かってますって」
俺がそう言って笑うと、守光も一緒になって笑った。
「ようやく笑ったな」
「守光さんのおかげです」
「おぬし、何だかわしの扱いが上手くなったの」
「そうですか? 俺は心からそう思っているだけなんですがね」
「ははは、生意気な事を言う」
守光は俺の肩を軽く叩いた。
「して、おぬしは桜のどういったところが好きなんじゃ?」
「どういったところですか……。 まず見ていてとても綺麗ですし、何だか日本らしさっていうんですかね。 そういうのも感じます。 あとさっきみたいな風が吹いた時の、花びらが散っていく様がどこか儚くて好きなんですよね」
俺はそう答えたが、守光は何も言わずただ俺の目をじっと見ている。
「な、何ですか?」
「いや、おぬしにしてはらしくない事を言うなと思ってな」
「らしくないって何ですか!」
「おぬしが答える事といえば、だいたいが的外れな事か、ガキみたいな感想ばかりじゃろ」
「もしかして疑っているんですか?」
守光は首を横に振る。
「疑ってはおらなんだが……。 おぬし、もしやまた何か隠してはおらぬか?」
「いえ……特に隠したりはしていませんが」
「嘘じゃな」
「えっ?」
守光は立ち上がると、俺の前に仁王立ちした。
「おぬしに桜の美しさを語れる感性などは無いはずじゃ。 どうせおぬしが言っていた事も、どうせさくらとかいう
「……」
俺は何も言い返す事ができなかった。
守光に言われた『桜の美しさを語れる感性は無い』という言葉には腹が立ったが間違ってはいない。事実、俺が言った言葉は以前さくらが言っていた言葉である。
「どうやら図星のようだな」
「はい……すいません」
「別に謝る事ではない。 わしも別におぬしを責めておるわけではないからの」
守光はそう言うと、再び俺の横に座り、俯いて項垂れている俺の肩にポンと手を置いた。
「分かっておると思うが、わしはおぬしの敵ではない。 どちらかといえば味方じゃ。 わしに何でも良いから話してみよ」
俺は守光の言葉に数秒沈黙したが、顔を上げ大きく深呼吸をすると、守光に語った。
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