失恋日記 〜エリュシオンの終焉〜

愛野ニナ

第1話

 


 失恋したあの日から一か月が過ぎた。

 最愛の彼氏と過ごした三年間の恋が終わった。

 本当に思い出が多すぎて。

 正直まだぜんぜん立ち直れていない。

 出かける気力もないし食欲もない。

 夜になると辛いことばかり思い出して眠れない。

 長いことあまりにも近くにいすぎて、彼がいなくなったことを受け入れられない。

 まるで体の一部がなくなったみたいな喪失感。比喩ではなくそれは体の痛みさえ伴っている。

 以前の私ならこのような時は手を差し伸べてくる別の男にすぐさま縋った。そしてまた次の男に依存する、という愚かなことを何度も繰り返してきた。もういいかげんそれだけはしたくない。

 辛くとも悲しくとも今回はちゃんと自分で受け止めようと思う。

 だから整理できないままだとしても現在の気持ちだけは書き留めておこう。

 いつか笑い飛ばせる日が来ることを願って。



 出会ったのは三年前の秋。

 出会った瞬間に運命的なものを感じた。

 例えていうなら魂が呼び合って惹かれあうような。その時は間違いなく相手も同じ気持ちだったと確信できる。

 私は当時の別の彼氏とうまくいかず病んでいた。

 そんな時に知り合った彼は私を明るい気持ちにさせてくれた。

 八歳年下の彼はまだ二十代前半で、背が高くて細身の体型にこれ以上タイプにはできないというほど好みの顔で、傍目には男らしいタイプのイケメンだったが年の差もあり私から見たら何をしても可愛く思えた(最後まで本人には可愛いなんて言わなかったけど)。食の好みやちょっとした価値観なども似ていた。そしてわかりやすいくらい愛情表現をしてくれて私もまた年下のイケメンに慕われて嬉しかったので、うまくいってなかった当時の彼氏とはきっぱり別れて付き合うことにしたのだった。


 

 付き合ってみると思った以上に相性がよくて一緒にいるだけで本当に何もかもが楽しくて、世の中はまさにコロナ禍だったといえど私をとりまく世界はキラキラ輝いて見えた。

 本当にいろいろなところに出かけた。旅もいっぱいした。一緒に音楽を聴きながら時間を忘れて語りあい愛し合った。ミュージシャンの彼のライブに行ったり、彼の曲に私が詞を書いたりもした。恋愛漫画みたいな日々だった。

 そしてそんなことより何よりも、ただわけもなく愛しくてたまらなかった。

 反面、辛いこともたくさんあった。むしろ麻薬のような幸福と裏腹にいつも地獄の苦しさがあった。

 天国と地獄を行ったり来たりするような。だからこそ天国の麻薬にいつしか溺れて依存してしまった。



 付き合い始めの蜜月は三か月も持たずに壊れた。喧嘩と別れ話を一週間にいちど繰り返した一年め、ひどい時は三日にいちどという頻度で明け方まで喧嘩と別れ話は続き次第に疲弊していった。どちらが悪いという話ではない。それでも仲直りの後のデートは楽しくて、顔を見て触れ合えば愛しさが勝った。何度も別れを考えたが、別れられなかった。

 二年めは穏やかに過ぎた。出会った頃のときめきや情熱は静まっても、代わりに信頼と安心感が深まり今にして思えば二年めがいちばん幸せな時間だった。

 三年めは何かが少しずつおかしくなっていった。私はそれを考えないようにした。ますます彼に依存し、彼の行動や生活パターンにだけ合わせて、彼に嫌われないように自分の気持ちを押さえて日々を過ごし、そんな卑屈な自分を日増しに嫌いになっていった。そしてそんな私のことを彼がバカにして見下していることも気づいていた。

 今年の六月頃にはもう漠然と別れの予兆があった。なんとなく運命が噛み合わなくなった、と表現するしかない。

 私は別れを覚悟しながらも表面上は何事もなく過ごした。デートをして旅行をして、別れる一週間前のデートでさえいつも通りで、何なら別れる前日まで毎晩寝る前の日課の通話で「大好きだよ」とお互いの気持ちを確かめ合ったくらいだ。

 それでもお互いに積もりまくったストレスは限界だった。彼のちょっとした態度にそれは現れていたし、私にも現れていたのかもしれない。

 別れを切りだしたのは彼だが、私もまた十一月になったら別れをちゃんと考えようと実は思っていた。

 ただそのタイミングがショックだった。実はそれがいちばん悲しい。

 二人が出会った三年前の十月から三年めの十月に最後の思い出を作りたかった。最後に思い出を作って別れよう、と私は思っていたのだから。

 その願いが叶わなかったことは心残りでしょうがない。でもよく考えてみるとそれも私のエゴだ。

 綺麗な別れなんてしょせん理想でしかない。


 

 永遠に一緒にいられないこと、少女漫画のような恋はいつか終わるということ、本当は出会った時から覚悟していた。

 今はこれでよかったと思う。

 まだまだ胸がすっごく痛いけど。

 これからは自分を大切にして、男に依存しない私になろうと思う。

 自分を見失うことより辛いことはないとわかったから。

 夢みるように楽しくて、地獄のように苦しかった恋にさよなら。

 私は少しずつでも前を向いていこう。




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