【11月24日1巻2巻同時発売】婚約破棄されまして、この度失踪中の最強魔術士様と訳アリ同居生活をはじめます。山で。
曽根原ツタ
第1話
「セルミヤ・ラインレッツよ。ルボワ王国第2王子アレックス・ファーガンの名において、貴様に婚約破棄と国外追放を命じる!」
夜会のホールは、アレックスの言葉に静まり返った。しかし、人々は驚きよりも先に、呆れを含んだ冷めた目をアレックスに向けている。
眉間に深くしわを刻み、声高にそう宣言したのはルボワ王国の第二王子、アレックス・ファーガンだ。
彼は、社交界でも有名な問題児であった。享楽と派手なことが好きで、賭け事、荒淫に酒の毎日。国民たちの血税を浴びるように使って贅沢三昧。素行が悪く、王族としての品性が欠けた彼は、巷で『アレックズ』だの『アレッカス』だの、『アホックス』だのと不名誉な蔑称で呼ばれているとかいないとか。
婚約破棄を言い渡された令嬢、セルミヤはラインレッツ侯爵家の娘で、三年前にアレックスと婚約を結んだ。
陶器のように白く滑らかな肌に、艶のある淡紅色の髪と青い瞳。
長いまつ毛が瞳に影を落とし、憂いを帯びたその表情は、誰もが見てもうっとりしてしまうほど可憐だ。
そもそも、アレックスとの婚約は不本意だった。これは、セルミヤを一目見て気に入った彼のわがままで、強引に結ばれた婚約だったのだ。
「……婚約破棄? 殿下、突然何をおっしゃるのでしょうか。それも、このような大勢の方がいる前で」
冷静な口調で尋ねる。アレックスはセルミヤの問いに、ふん、と嘲笑気味に鼻を鳴らした。
「白々しい女だ。とぼけるのも大概にしろ。貴様は我が婚約者にあるまじき罪を犯した。……彼女、クリスティーナが貴様の罪を全て証言している! そうだな、クリスティーナ」
「はい、アレックス様。わたくしはセルミヤ様にいつも嫌がらせを受けておりましたの。彼女の嫌がらせは日に日にエスカレートして、遂にはわたくし、階段から突き飛ばされたのですわ。幸い、軽い捻挫で済みましたが、下手をしたら大怪我をしていたかもしれませんのよ」
「なんと……! 可哀想なクリスティーナ。そなたの無事を俺は心から嬉しく思うぞ。ああ、愛している、クリスティーナ」
「まぁ……。あなたったら、こんなに大勢の方が見ていらっしゃるのに」
「構うものか! こんなに美しいそなたを前に、理性的でいられる男などいない!」
アレックスは、彼の腕に身を寄せている紫髪の女性の頬に堂々と口付けをした。彼女も頬を朱に染め満更でもない様子。
辺りがざわざわと騒がしくなる。人々はアレックスに侮蔑の目を向けている。
セルミヤも、あまりの光景に不快感と嫌悪で全身に鳥肌が立った。
(……この人は野生の猿か何かなのかしら。いや、野を生きる動物さんの方がよっぽど懸命に生きているもの。この人と同じにするのはきっと失礼だわ)
アレックスに擦り寄っている女性は、クリスティーナというらしい。初めて聞く名前だ。彼は、人目もはばからず『愛している』などとのたまっているが、一週間前には別の女性を連れていたのを見た。
「俺は、ここにいるクリスティーナを妃にするつもりだ。彼女ほど清廉潔白で我が妃に相応しい娘が他にいるだろうか。いやいない!」
クリスティーナにかなり心酔しているらしい。クリスティーナは、しおらしげな表情を浮かべてこちらを見つめている。
整った顔立ちに、ウェーブのかかった紫色の髪。大きな瞳は見る人の庇護欲を掻き立てる。
精緻を極めたレースを使用した美しいドレスは、妖艶な容貌を一層引き立てていた。
しかし、これだけ美しいクリスティーナでも、アレックスの愛情はそう長くは続かないだろう。彼はセルミヤに対しても婚約当初は好意を見せていたが、その熱はすぐに冷めて、次々に色んな女性と遊ぶようになった。
「そうですか……。婚約破棄の動機は理解いたしました。しかし、いくら私が邪魔だとしても、追放だなんてあまりに野蛮ではありませんか。そちらの女性の証言以外の証拠もないのでしょう?」
「それは……」
アレックスの言葉はあまりに一方的で、証拠もなしに断罪をしている。クリスティーナの証言の内容も、全く身に覚えのない話だった。アレックスは忌々しそうに眉を寄せて続ける。
「う、うるさい! 証拠はなくとも、悪事を働いたという事実が重要だ」
「階段から突き飛ばすだなんて……。私はそのようなことは決してしていません。そちらの女性とはそもそも初対面なのですが、一体なんの恨みが彼女にあるというのでしょう」
「ふん、何を言ったところで弁解の余地はない。何しろ、この俺が決定を下したのだからな! 俺の決定は絶対だ。セルミヤ、俺が誰なのか答えてみるがいい」
「…………」
(……権力を鼻にかけた史上最悪の恥知らず――アレックズ・ファーガンろくでなし殿下です)
心の中でそう答え、舌先まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「貴様を罪人として国外追放に処す。これは決定事項だ。お前たち、さっさと罪人を連れて行け。罪人をこれ以上人目に晒してはおけん」
アレックスの指示を受け、つき従っていた騎士たちが、セルミヤの細い腕を掴んで引っ張った。
思えば初めから、こうなる運命だったのかもしれない。移り気で自由奔放な彼に結婚は向いていなかったのだ。
断罪という形で婚約破棄を行ったのは、正式な手続きをする手間を惜しんだか、心変わりという理不尽な理由で契約破棄を申し出た場合の体裁を気にしたのか、あるいはクリスティーナとかいう女性の嘘に本当に騙されているだけなのか。しかし、もはやどうでもいい。
「セルミヤ。罰を受け、自らが犯した罪をその身をもって贖うのだ」
最後に見たのは――勝ち誇ったように口の端を持ち上げた愚かなアレックスの顔だった。
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