時計体験

水音 流々

第1話 前世の記憶

 時は二〇〇〇年。IT革命という言葉が流行語大賞に選ばれ、大手鉄道会社がICカードを導入した年でもある。

 私は丸時計だ。『南北小学校』の二階にある一年一組の教室に飾られている。

 体は一分ごとに動く長針と一時間をかけてゆっくり動く短針、カチコチと音を立てて一秒ごとに動く赤い針の三種類で構成されている。私の動力は背中に入っている電池だ。これが無いと私は動くことができない。

 「この場所からみんなに時間を教えてあげてほしい。そして見守ってほしい」

 私がここに来たとき、用務員である栄一えいいちさんにこう言われた。

 口がないため返事をすることができなかったが、改めて自分のやるべきことを再確認できた。


 「キーンコーンカーンコーン」

 私がいる小学校は朝の八時にチャイムが鳴る。朝イチに教室に来てくれた見回りの先生に窓を開けてもらったので爽やかな風が入ってきた。花瓶に生けられている花は直接この風を感じられて羨ましい。教室の至るところに掲示されているプリントやポスターも爽やかな風に揺られてヒラヒラしている。風に乗って花びらが私の狭き視界に入ってきた。私は前しか向けないので、実際に季節の変化が目に見えて分かると嬉しい。

 「おはようございます、先生」

 「おはよう」

 学校の正門から登校してくる子達から元気な挨拶が聞こえてくる。大きな声を出して挨拶する子達に先生も負けじと大きな声で挨拶をしている。

 「いっちば~ん!」

 一階にある下駄箱で靴から上履きに履き替え、二階にあるこの教室に声を張り上げて入ってきた子がいた。その後はちょっとしたレースのように次々と教室に入ってくる子達が増えてきた。

 「ホームルームを始めます」

 「はい!」

 元気な声で返事をしたのはそうくんだ。颯爽と教室に入ってくるから覚えやすい。

 爽くんは先生から言われたことをすぐに実践する良い子である。クラスでもリーダー的存在で目立ちたがり屋。何か揉め事があってもすぐに仲介役として名乗り出ている。

 とある日の放課後。空はオレンジ色に染まっており、そろそろ陽が落ちる頃合いである。爽くんが一人で教室に入ってきた。何をするのかと見ていると、返却されたテストの点数が悪く落ち込んでいる様子だ。

 「得意なこともあれば不得意なこともある。爽くんは頑張り屋さんだから大丈夫」

 と念力で伝えてみた。

 「ありがとう」

 私の想いが伝わったのかお礼を言われた。地面に向かっていた視線も私の方を向くようになった。どうやら気持ちも晴れやかになったようで表情も飛びっきりの笑顔に変わった。栄一さんに言われたように見守ることも慣れてきた。


 「やっと直ったか」

 用務員の栄一さんに抱きかかえられるようにして私は目が覚めた。どうやら私の動力である電池が切れてしまったため、いつの間にか永い眠りに入ってしまっていたようだ。栄一さんに元の場所に戻してもらうときに一瞬外が見えたが、もう辺り一面真っ暗だった。

 「ネジ一本でここまで動かなくなると困るなぁ」

 栄一さんによると、私が眠っていた理由は電池切れだけが理由ではなかった。雨の日に教室で子供たちがボール遊びをしており、そのボールが私の顔面に当たったというのだ。ボールが当たった衝撃で電池がズレたのだと思っていたがズレを修正しても直らない。別の電池を入れても動かない。そうなるともうどうしようもないので用務室に眠らせていたと聞いた。別の教室で時計が必要になったので再度触ってみたところ、ネジが一本無いことに気付き、ネジを入れて復活させてくれたらしい。

 「ありがとう。これでまた爽くんに会える。そしてこれからも見守って行ける」

 前回爽くんに念力が伝わったので、今回も伝わるだろうと思った。

 しかし、大人には伝わらなかった。

 「来月にはもう廃校が決まったから君との想い出も残り僅かだ」

 私の想いが届かなかったのがハッキリ分かったと同時に、寂しげな表情でポツリと栄一さんが言った。

 非常に残念だった。これからも自分がここに来た目的を全うするために精を出そうとしていた矢先に告げられた悲しい現実だった。


 「あの時計は長い間この小学校で子供たちのことを見守ってきた。時間を教えてくれるだけではなく、子供たちの支えにもなってきた。この時計の記憶を未来で生かしてほしい。頼む」

 遠くで栄一さんの声が聞こえる。決して穏やかな空気ではないことは私でも分かった。記憶を未来で生かしてほしいとはどういうことだろう。

 「ガラガラガラ」

 破竹の勢いで教室の扉が開き、恰幅のいいスーツ姿の男性が凄い剣幕で私の体を壁から外した。

 「あの用務員の想いが届くか分からないが君を送り出す」

 スーツ姿の男性が何も抵抗できない私の背中から電池を抜き取った。そして私はまた永い眠りについた。

 私が次に目を開けたらどんな世界が広がっているのだろうか……。


 時は二〇七〇年。ロボットと共存できる未来を創ろうと、政府がプログラムを組んだ二〇五〇年から二〇年が経過した。

 私は人型の時計だ。みんなからはクロと呼ばれている。人型なので自分の意志で歩くことができる。

 しかし会話はできない。

 私は『熊野小学校』の三階にある六年二組の教室に立っている。私の定位置は教室の前寄りにある窓際だ。

 私の額についているソーラーパネルに太陽の光が当たると、お腹部分の液晶パネルが明るくなりそこに時間が表示される。太陽の光が当たらない曇りや雨の日に関しては体に電気を溜められる蓄電機能があるので問題ない。表示される時間は電波を受信して誤差を自動修正する機能があり、昔の技術である電波時計を応用している。時計機能以外にも、授業に必要なwi-fiを飛ばすことも可能で、私の存在は重宝されている。

 「クロの存在は未来で絶対に役に立つ」

 私がここに来たとき、用務員である栄二えいじさんにこう言われた。これから何が起こるのかは分からないが、喜んでくれる人がいるのであれば私も人生が全うできて感無量である。

 「ありがとう、頑張ります」

 口元にある電光掲示板で意思表示をした。会話ができない代わりにこの電光掲示板で短文を伝えることができた。

 「ピーピー」

 栄二さんに言葉をかけられたとき、体の一部でエラー音が鳴った。私の体は最新のものだが、記憶に関しては最新ではなく、前世の記憶が入り込むこともあると言う。そのため、前世の記憶に似たようなことが起こるとエラー音が鳴る。エラー音というと危険な感じがするが特に問題はない。


 季節は春を迎えた。

 「花粉遮断膜生成を始めます」

 学校中にあるスピーカーから案内アナウンスが流れた。

 この季節になると自動噴霧装置で校舎全体が薄い膜で覆われる。外から花粉が入ってくるのを完全に遮断する最新技術の一つだ。遮断するのは花粉だけなので人間やロボットの行き来には全く問題がない。

 「キーンコーンカーンコーン」

 子供たちが登校してきた。

 今まで五年生の気分であった子達が学校の最上級生として君臨することになる大事な日。同時にあと一年しかこの小学校にいれないという事実に気付く日でもある。

 「クロ、おはようございます」

 「おはよう」

 教室に入ってきた子達が挨拶をしてくれたため、私も子供たちの挨拶に答えた。

 「出席を取ります」

 「はい!」

 担任の先生の声に元気な声で反応をしたのはかえでくんである。初めて人間とロボットから生まれた子供としてニュースでも取り上げられた。知能レベルは相当高いらしい。私も抜かされないようにしないといけない。


 授業は子供たちが持っているiPadを使用する。私の体から発する専用のwi-fiを介して、個々のiPadに授業プログラムを送り込む。街中のwi-fiを使用しておらず、この熊野小学校に所属している人間のみが使えるwi-fiのため、動画が途切れることがなく授業を進めることができる。

 十二時になり給食の時間を迎えた。私の体は音楽を流すこともできる。お腹にある液晶部分にマイクが埋まっており、そのマイクに好きな曲名を吹き込むとその曲が流れる仕組みである。

 「今日は何の曲がいいですか?」

 電光掲示板に質問を表示した。

 「今度運動会があるから盛り上がる曲がいい」

 楓くんが大きな声で希望を出してくれた。ドイツのヘルマン・ネッケが作曲したクシコス・ポストを流した。二〇七〇年の今でも運動会ではこの曲が流れていることが多い。

 「これこれ~」

 楓くんはノリノリで友達との会話を楽しんでいた。

 このクラスは人間同士の間でできた子供が二十人、人間とロボットの間でできた子供が七人、ロボット同士の間でできた子供が三人の計三十人のクラスである。


 季節は秋を迎えた。

 「これからテストを始めます」

 担任の先生が真剣な眼差しで言い放ち、この小学校で最後のテストが始まった。

 このテストの結果で中学校の推薦を勝ち取れるかどうかが決まる。テスト終盤になると私のお腹に表示されている時間を確認する子達が増えてきた。満足げな顔をしている子もいれば、時間が足りなくなってきて焦りだしている子、もう諦めているような子もいる。

 「ピピピピピピピ」

 テスト終了の時間になった。

 この時代のテストは自分が座っている席の机上にテスト画面が表示され、タッチペンを使って回答をする方式だ。テスト時間終了に合わせて画面が暗くなるので急いで書き足すことができない。昔はテスト用紙を回収して担任の先生が一枚ずつ答え合わせをしていたようだが、この時代のテストはテスト専属のロボットがおり、このロボットが採点をする。三十人分の採点がものの五分で終了するのは技術の進歩である。

 「ウイ~ン」

 天井から自動的にプロジェクターが下りてきて、そこにテスト順位が掲示された。楓くんは一位だった。

 「やった~」

 嬉しそうな表情で楓くんが叫んだ。ロボット同士から生まれた子供の一人と一点差で勝った様子だ。負けた子は悔しい表情を浮かべているが勝負ごとなので仕方がない。


 季節は春を迎えた。

 卒業シーズンである。進学する中学校がクラス全員決まり、キリッとした表情で卒業式を迎えた。

 私は教室がある三階で清々しい風に当たりながらみんなとの想い出を回顧していた。

 「ニュースに取り上げられた子供はどこだ!」

 物騒な声がした方向に目を向けた。校庭の正門に大型トラックが乗りつけられており、そこから屈強な人間が四人降りてきた。そして卒業式を行っている体育館に向かって行った。体の一部にある通報機能を使って近くの警察署に連絡をしたところ、駆け付けるまで五分かかるらしい。五分も待っていたら大ごとになってしまう。気付いたときには走り出していた。

 必死な想いで三階にある教室から地上に降りた。途中で事態を聞きつけた用務員の栄二さんと合流した。

 体育館までやっとの想いで辿り着き、栄二さんに重い扉を開けてもらった。しかし楓くんの姿がない。急いで学校についているすべての防犯カメラ映像を脳内で確認した。見つけた。体育館の裏口から逃げようとしていた。

 「放しなさい」

 栄二さんが息を切らしながら言う。

 「止めるようであれば強硬手段に出るぞ」

 案の定、乱闘となった。私は終始、体から緊急用のサイレンを鳴らしていた。

 その後事前に呼んでおいた警察が到着し無事に犯人が逮捕された。

 幸いなことに楓くんには怪我がなかった。私の体は乱闘した際に胸を電気ショックで攻撃されたため、中に入っているマイクロチップが破損した。その結果、体のいたるところにエラーが生じていた。

 「ありがとう」

 楓くんは解放されて安堵したのか泣きながらお礼を言ってくれた。

 「どういたしまして」

 私も電光掲示板で答えた。

 「ピーピー」

 前世の記憶にも感謝されるようなことがあったらしい。私の現世の体は掲示板上での会話や歩くことが出来るが、前世ではどのような状況だったのだろうか。


 警察に連行される犯人グループを見送った後、私は栄二さんに抱きかかえられ校門近くに来た。

 どうやら破損している部分をいち早く修理する必要があるらしい。そのまま破損すると前世の記憶がすべて無くなるとのこと。

 「ピーピーピーピ―」

 「栄二さん……この音は何でしょうか?」

 異音を発している理由を問うため電光掲示板で質問をする。

 「その音はクロの感情が大きく揺れ動いたときに出る音です」

 「プシュー」

 納得したと同時に私の胸のあたりから白煙が上がりだした。

 「この体で嬉しいという感情を始めて抱いたようです。ありがとう……栄一さん」

 お礼と一緒に聞いたことも言ったことも無い名前が消え入るように電光掲示板に流れた。

 「栄一は東京で同じ用務員をしていた私の叔父の名前です。あなたの記憶には叔父の姿が写っているのですね。真面目と言われていた叔父の姿と私が重なったのでしょうか」

 先程の白煙で電光掲示板が使えなくなってしまったので、残っている体力を振り絞って大きく頷いた。そして静かに目を閉じた。

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