◆3◆ 俺が巻き込まれたダンジョンの崩壊

 いつもの日課となっている廃棄ダンジョンでの探索は、魔が差しコアを盗み取ってしまった倉本のために一緒に返しにいくことになった。

 俺は鍵がかかった扉を開くためにカードリーダーに証明書をかざし、中へ入っていくと月明かりで浮かび上がった花園が目に入る。ひまわりにチューリップ、菜の花から椿など季節感も見栄えも何もかもが関係なしに咲き誇る花々が壁や柱、なぜか床から顔を出していた。そんな空間の真ん中に大きな穴と言い表せる吹き抜けがある。


 俺はその吹き抜けから下へと目をやった。夜ということもあり、頼りない月明かりでは一番下どころか一つしたの階層すら見えない。もし間違って落ちてしまえば、確実に死んでしまうだろう。


「界人さん、何してるんですか? 早くエレベーターに乗りましょうよ」

「そうだな。とっとと済ませるか」


 俺は倉本の言葉を受け、取り付けている運搬用の業務エレベーターを使おうとした。だが、おかしなことにエレベーターがない。


 誰かが下に降りて、戻すのを忘れたのか?

 そんな考えが頭に浮かんだが、すぐにありえないと取り消した。そんな手間のかかることをやるはずがない。何か理由があったとしても、ここで働いている人間ならば戻さないなんてミスはしないだろう。

 なら、考えられることは一つ。俺達の目を盗んで誰かがここに入り、下に行ったということだ。


 とはいえ、そんな事実について考えている暇はない。だから俺は倉本にあるがままを伝えることにした。


「倉本、エレベーターがないぞ」

「え? あ、ホントだ。なんでないんだろう? これじゃあ降りれないじゃないですか」

「階段を見つけ出していきたいが、さすがに最下層となると時間がかかるな」

「ああ、こんな時に……一体誰が戻し忘れたのよ」


「それは後で考えようか。そうだな、お前がよければ最短で行く方法はあるぞ」

「あるんですか? 教えてくださいよ」

「ここから飛び降りる。それだけだ」

「聞いた僕がバカでしたよ……何がいい方法ですか!」


「最短で行く方法だ。そうだな、俺がお前を抱えて飛び降りてやるから任せろ」

「アンタ頭のネジが飛んでますよ! 一緒に死んじゃうでしょ!」

「大丈夫大丈夫。こうやってライトスティック落としておけば目印になるから」

「全然安心できないですけど! 何が大丈夫なんですか!!!」


「はいはい、御託はいいから行くぞ」


 面倒になったので俺は倉本の身体を持ち上げるようにして脇に抱えた。倉本は「まだ死にたくない離せー!」と暴れていたがお構いなしに俺は飛び降りてやる。


「うぎゃーーーーー!!! 死ぬ助けてこんな終わり方イヤだァァァァァ!!!!!」」


 倉本はとても情けない悲鳴を上げていた。暴れることを忘れ、鼻水と涙を溢れさせながら俺にしがみつく。

 生きるのに必死な倉本のためにも俺は腰に装着していたポーチからあるものを取り出す。それは最近開発されたカプセル【収納クン】だ。なんでもダンジョンで発見された技術を応用し、様々な物体を収納できる小型カプセルだそうだ。

 ただし使えるのは一回きり。小型カプセルを破壊しなければ中の物体を取り出せないため使い勝手はそんなによくない。なのでまだ実用性が乏しい最先端技術だ。


 そんな技術が詰め込まれた小型カプセルを掴み取り、光が見えた瞬間に俺は下へぶん投げた。床にたたきつけられた瞬間、中から特大のスライムクッションが出現し、俺達の身体を包み込む。おかげで衝撃は完全に吸収され、痛みどころか傷もない状態で無事に最下層へ到達した。

 さすがスライムクッションだ。結構深くまで落ちたのに痛みすらないとは。まあ、床を覆うぐらい大きいものだから当然といえば当然か。そんな大きさのクッションを収納できる【収納クン】の収納能力はすごいもんだ。かなり汎用性が高いなこれ。

 でも、一回ポッキリの使い捨てで一個一万円はちょっと高級すぎる。もっと技術革新が進んでコストダウンしてくれたらすごく嬉しい品物だ。


「生きてる……私、生きてる」

「勝算なく飛び降りはしないって。結構楽しかっただろ?」

「んな訳あるか! 絶叫系は大嫌いなんですよ、私は!」

「お、そうなのか。じゃあ次からは観覧車のようにゆっくりと――」


「この一回きりで懲り懲りです!」


 倉本はとても怒ってしまった。

 おかしいな、結構楽しめるようにハラハラドキドキ感を出したんだけどなー。まあ、嫌いなら仕方ない。どんなに楽しいよって伝えても拒絶されてしまうし、やればやるだけ余計に嫌いになっていくってもんだ。

 無理に好きになれとは言えないし、やるにしても倉本じゃない人間にしないと率直な感想はもらえないところかな。


「悪かったよ、倉本。それよりここはここで妙な場所だな」

「話を逸らさないでくださいよ」

「わかった。謝るから許してくれ」

「ホントに謝るんですか?」


「ああ、謝るよ。無茶に巻き込んで悪かった。そうだな、用事が終わったら美味しい大判焼きを奢るよ」

「……わかりました。受け入れますよ。だから大判焼き奢ってくださいね」

「ああ、任せとけ」


 くだらないやり取りをしながら俺は部屋の一番奥に目を向ける。

 それは夜空で輝いている月の光を浴び、独特の輝きを放っている三つの色だった。それぞれは【赤】【青】【黃】と輝きと一緒に色を放っている。ふと、クリスタルがはめ込まれている壁を見ていると一つのくぼみがあった。


 倉本からクリスタルを借り、くぼみに入るか調べてみるとピッタリとハマりそうだ。クリスタルの状態を見た限りだが、傷も凹みもないため状態は良好。このままクリスタルをくぼみにはめれば何ごともなかったかのように帰宅できるな。


「界人さん、どうですか?」

「問題なさそうだ。このまま元に戻すぞ」


 俺は倉本にそう告げ、クリスタルを戻そうとした。だが、唐突にパキッという枝を踏み潰したような音が耳に飛び込んでくる。反射的に「ネズミか?」と言葉をこぼし音がした方向へ振り返るとそこには、最も出会いたくない人間、いや特大のネズミの姿がある。そう、それは俺を地方へ左遷した張本人である森居だ。


「お、お前! なんでこんなところにいるんだ!」

「それはこっちのセリフだけど?」

「なんだその口の利き方は! パパに言いつけるぞ!」


 ああ、なんだかとても面倒臭い。なんでこんな時にこいつと再会するんだよ。というかどうしてこのバカが廃棄ダンジョンの中にいるんだ? 教えてくれよ神様。


「へいへい、できるならクビにしてください。ある意味スッキリするから」

「相変わらず舐めた口をォォ! お前なんて僕の力で捻り潰してやる!」

「わかったわかった。っで、アンタはどうしてこんな所にいるんだ?」

「うっ! そ、それはその闇よりも深く暗い事情があってそれでその……」


「闇よりもって何それ怖い」

「う、うるさい! とにかく深い事情があるんだっ。お前こそなんでこんな所にいるんだよ!!!」

「ちょっとした野暮用だよ。一緒にやるか?」

「お前となんかやるか!」


 ああいえばこういう。うん、とてもわかりやすい性格をしていること。

 まあ、その性格を利用して俺は邪魔者である森居を遠ざけようとしていた。ひとまずバカを無視してダンジョンコアであるクリスタルを戻そうとしたが、なんかおかしいことに気づいてしまう。


 それは壁にハマっていた三色のクリスタルに亀裂が走っていたためだ。慌てて触って確認するとそれは精巧に作られたガラス細工ということに気づく。

 もし本物ならばヤバい光が溢れ出てくる。酒の席で会長が話してたことだ。その光を浴びると人は人としての形が保てなくなり、モンスターになるそうだ。といってもダンジョンコアは滅多なことで壊れないため基本的に安全だとも言っていたが。


 まあ、その話を信じるならこのクリスタルは偽物。つまり、あるはずのダンジョンコアが全て存在しない状態になっている。

 それはつまり、この廃棄ダンジョンはいつ崩壊してもおかしくないという危険な状態だとも言えた。


「やべぇ!」


 俺は慌ててクリスタルをはめ込もうとする。だが、それよりも早くダンジョンが揺れた。

 ゴゴゴッ、と大きな地響きが広がっていく。初めての感覚だが、だからこそ余計に俺の本能が危険だと叫び暴れていた。


「な、何!? 揺れてるっ?」

「倉本、逃げろ! ダンジョンが崩壊する!!!」

「崩壊するって、どうしてですか!!!」

「後で説明する。とにかく逃げろ!」


「うおおおおお! こ、こっちに来るな甲斐界人ォォ!」


 俺が逃げようとしたその時、足場が崩れた。途端に倉本が落ち、俺は咄嗟にその手を掴みふんばりを利かせるが、上半身のほとんどが出てしまったために引き上げられない。

 しかも最悪なことに天井や壁が崩れ、瓦礫があちこちに落下し始めていた。


「か、界人さん……!」

「今引っ張り上げる。ちょっと待ってろ!」

「む、無理ですよ! このままじゃあ一緒に落ちちゃいます!」

「諦めるなっての。このぐらいのこと、いつも経験してたから!」


 揺れがどんどんと大きくなる。しかも困ったことに俺達がいる最下層の床が崩れ、穴が大きくなっていた。何気なく目を向けると何やら怪しく蠢くような黒い渦が崩れた床の下にある。

 あれは一体何なのかわからないが、直感的にヤバい代物だと俺は感じ取った。


「やっぱり離してください! このままじゃあ――」

「そういうのはいらないんだよ! 諦めるな!」

「でも、だけど!」

「ああもう、そんなのいいから絶対に離すなよ! これは命令だ!」


 どうにか倉本を引っ張り上げたい。しかし、時間が経つにつれてダンジョンの揺れは大きくなり難しくなっていく。

 ああ、くそ。この体勢を維持するだけで精一杯だ。このままじゃあ俺も一緒に落ちるな。


 こうなったら頼りにならなそうな森居を呼ぶか?


「か、界人さん……わ、私は大丈夫ですから手を」

「離すのは却下だっつーの。諦めるなって」

「平気ですから。それにこのままじゃあ界人さんも落ちちゃいますっ」

「ええい、人の話を聞かない奴だな。おい森居、そこで震えてないで手伝え! お前でも人助けの手伝いはできるだろ!!!」


「だ、誰がやるか! 俺も落ちるだろ!」


 チッ、やっぱり来ないか。わかりきってたが、ここまで期待通りに役に立たないと呆れさえ感じるよ。

 こうなったら俺一人で倉本を助ける。あいつが逃げようが何しようが知ったこっちゃない。


 俺が森居に見切りをつけ、倉本を助けようとしたその時だった。

 突然、何かが爆発したかのような大きな衝撃が走る。その衝撃で全てが一瞬にして崩れ、俺と倉本、そして森居は穴へ落ちた。


「うわぁあぁぁあああぁぁぁぁぁッッッッッ――」


 だが、意識を失う直前に俺は何かを見た。それは揺り椅子に揺られ、何かを眺めている白いローブを羽織った少女の姿だ。

 それが何なのか俺はわからない。考える暇もないまま、蠢く黒い渦に飲み込まれたのだった。

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