第二章 秘薬安駝駝 4
秘薬安駝駝を塗ったと聞くが早いか、怪力の磁路が紅害嗣と玄奘のつながれた手を掴んで離そうとしたが、二人の手はまるで強力な磁石にでもなったかのように髪の毛一筋ほどの隙間さえできなかった。
悟浄はスマホを操作してから言った。
「秘薬安駝駝……。一件だけヒットしたぞ。古来中国での惚れ薬だったようだ。無機物にも恋情を抱かせるといい、これを塗ればただの石同士でさえぴたりとくっついて離れなかったとの記載がある」
「お前はいつもいつも後先を考えず行動しやがって!後で尻拭いさせられるのは私なんだぞ!」
納多は声を荒げて怒鳴りながら紅害嗣の腹を殴ったが、紅害嗣は腰を捻らせて衝撃をかわした。
「アーティストの身体を傷つけんじゃねえよ」
「チンピラのくせによくぞアーティストを自称できるものだ。新曲プロジェクトが控えているというに騒動引き起こすとは、この能なしめが」
外見だけ見れば良家の坊ちゃんとヤクザの言い合いだが、この坊ちゃんは少しも気圧されていないところがまた面白いところだと、そもそもの元凶を作り出した八戒は無責任に余計なことを考えている。
罵りあう紅害嗣と納多を放置したまま、残りの者は解決策を探る。
「悟浄、この薬の解毒方法とか載ってねえのか」
「ネットよりも古書をあたるべきと思い、国会図書館の蔵書にアクセスしておるが有用な情報は今のところござらん」
ため息をつく悟浄と悟空に対し、八戒は能天気な意見を言った。
「二人きりにさせるのが心配なら、いっそのこと三人で三日三晩一緒にいりゃいいじゃねえか。三人で一緒に便所に入り、風呂にも入り、三人で絡まりあって寝たらいいじゃねえの。兄貴がいりゃ、あいつもめったなことできねえだろ」
「そんなわけにいくか!あいつに玄奘の裸なんて見せられるかよっ」
当然反対する悟空に玄奘が近づいてきた。
「悟空……。心配をかけて申し訳ない」
言いながら玄奘はぎゅっと悟空の胸に抱きつく。
「玄奘、どうしたの?様子がおかしくない?」
遠慮のない玉竜は言い、他の者も呆気に取られた顔で二人を見る。悟空は酩酊中の玄奘はこうなんだと説明するが、羞恥で穴があったら入りたいとはこのことである。
玄奘は皆に見られているにもかかわらず、全身から水を滴らせる悟空に寄り添い、一層距離を詰める。
「玄奘、そんなにくっついたら濡れてしまいますよ」
「かまわない……ずっと悟空を待っていたのだから」
少し距離を取ってはもらえまいかという悟空のさりげない提案も、玄奘に却下された。
玄奘は片手を悟空の首に回し、紅害嗣とつながれたままの手を悟空の手に沿わせた。
「俺が猿と手をつないでるみたいで気色悪いな」
「それはこっちの台詞だ」
紅害嗣の文句に間髪入れずに悟空は言い返す。
玄奘は気にせず、少しも動かない指先で悟空の手のひらを握ろうとする。
「悟空と……手をつなぎたいのに」
そのいじらしさにぐっときた悟空は、玄奘の手を紅害嗣のそれもひっくるめて自分の手のひらで包み込んだ。悟空はしっかりと握りしめ、言葉にならない自分の気持ちを伝えようとした。
するとまったく動く気配のなかった玄奘と紅害嗣の握りがわずかに緩んだ。
「悟空っ、ほんの少しだが手が動く……」
「ほんとですかっ?」
悟空は両者の手首を握り、力をかけた。玄奘の言う通り、ほんの数ミリだが手が動くようになっている。
「安駝駝の性質は惚れ薬。精神に火をつける火性を司るものとすれば、すなわち五行により水に弱い」
悟浄が眉根を寄せて言うと、八戒はぽんと手を叩いた。
「兄貴の手が濡れてたから、薬の効果が弱まったってことか!」
「となれば私に任せられい」
素早い磁路がお冷を入れたピッチャーを傾け、紅害嗣と玄奘のつながれた手にどばどばとかけた。
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