第一章 恋人のふり 3

「さて、今回の新曲は気合をいれていかないと。『牛家族』の勢いに負けてられないからねっ」


 席についた玉竜はイメージボードを出しながら言った。たくさんのキーワードが色とりどりのペンで書きこまれている。創作をする際に曲のイメージを固めていくため、玉竜にとっては必要な作業らしい。


 玉竜が口にした「牛家族」とは、悟空にとっては宿敵である紅害嗣がその父牛魔王、母羅刹女らせつにょと共に組んでいる親子バンドである。


 彼らの新曲「凍る炎」があるアニメの主題歌となったことをきっかけに人気に火がついた。いつものロックを封印しジャズ風の光速ビートに載せて、洒落ながらも歪んだ和音を響かせる中に、ほとばしるような紅害嗣のボーカルが踊る曲である。


 牛魔王が長年(妻公認で)つきあってきた不倫相手とようやく別れ、糟糠の妻である羅刹女と同居を再開したことが影響しているのかは定かではないが、牛魔王のドラムのキレが増したともっぱらの評判である。


 紅害嗣は、デビュー前は暴力団牛王組の若頭であり、所有欲・支配欲・肉欲のどれにも分類しがたい未分化の欲を玄奘にぶつけた挙句、彼を誘拐および監禁した過去があり、今でも玄奘を我がものにしたいと隙を窺っている。


 牛魔王はもちろん牛王組組長であったが、彼らのデビューをきっかけに牛王組は一応解体の体になっている。


 暴力団であった過去は彼ら牛家族のマネージャーを務める納多なたが敏腕に処理をして隠蔽済みである。納多は天界では哪吒太子なたたいしという少年神であり、現在は磁路と同じく人間に扮し事務所シャカシャカで働いている。


 一見したところ小柄で華奢な美少年であるのだが、口も悪ければ態度も大きいくせに仕事は一流という、なかなかどうして敏腕マネージャーだ。


 納多以外に紅害嗣の手綱を握れる者がいないという理由で白羽の矢が立ったのだが、紅害嗣と納多は所属タレントとマネージャーという関係になった後も犬猿の仲である。


 悟空は顎を傾げて、玉竜を煽るように言った。


「どうせ、あの曲もお前が作曲したんだろ?」


「そうだけど何か?」


「なんで敵に良い曲作っちまうんだよ。覚えてんのか?あいつらがグラミー賞獲っちまったら、玄奘を好き放題していいってあいつは思い込んでるんだぞ!あいつらにはテキトーに書いたしょぼい曲でもやっとけばいいじゃないか」 


 玉竜は肩をすくめて、悟空の文句を受け流した。


「僕に才能があるのは天から与えられたものなんだから、存分に使わなくちゃ天に申し訳が立たないでしょ。僕は良い曲を作るだけ。その曲の素晴らしさを増幅して人に届けられるか、それともしょぼい歌になりさがっちゃうのかは、アーティストである君たちの腕にかかってるわけでしょ?僕は僕の仕事をきっちりこなすだけだよ」


「大聖殿。プロデューサー太上と玉竜は一緒にジャニ西の新曲のイメージを考えてきてくれたのであるから、まずそれを聞いてみよう。なあ?」


 磁路にも取りなすように言われてしまっては、さすが悟空も黙るしかない。太上はゆっくりと立ち上がった。急に立ち上がると腰が痛いのだ。


「では、プロデューサーの私から提案をさせていただこうかのう。これまでのジャニ西は読経を組み合わせたアカペラボーカルグループということで、初めの頃はネタ寄りのイロモノ的扱いをされたりしてきたこともありましたが、最近ではまあ実力を認められてきておるにしたがって、仕事もじわじわ増えてきつつあるのじゃ。ジャニ西のイメージを世間に聞けば、『素朴』『シンプル』というような印象を持たれておる。これは清廉な印象のある玄奘がセンターをとっていることが強く影響していると思われるのだが……」


 老人の話は長い。短気な悟空は待っていられない。


「そろそろ結論を言ってくれ」


「大聖殿はせっかちだのぅ。ここでJourney to the Westが新規ファンを獲得し世界に羽ばたくためには、新たな魅力をみせていかねばならないのじゃ。そこでだ、新曲のセンターは大聖殿でいく。主旋律も大聖殿が歌う」


「ちょっと待て、玄奘は?」


「もちろん玄奘が歌うパートもあるが、基本は副旋律のラインに回ってもらう。普段大聖殿が受け持っているボイスパーカッションも欠かせないパートであるからして、全員多重録音で多数のパートを担当するのじゃ。普段の四人では構成しきれない重層で激しく情熱的な世界観を表現するのだ。大聖殿がメインをとることに加え、もう一つの目玉はエレキギターをゲスト参加させることにした。ジャニ西の楽曲で楽器楽器インストゥルメントを入れるのは初めてじゃろ。きっと今までに開いたことのない扉が開くのじゃ」


「……はぁ?玄奘がメイン取らないJourney to the Westなんて終わってんだろ」


 全く納得していない悟空に代わって、磁路は詳細を確認する。 


「そのエレキとはまさか……」


「牛家族の紅害嗣じゃ。入るがいい」


 太上の宣言とともに、会議室の扉ががちゃりと開き、陽気な足取りで入ってきたのは紅害嗣だった。呼びつけられたというのに、機嫌は良さそうである。


 悟空は目を剥いて、どん、と机を叩いた。


「どういうことだ。こいつが玄奘にしたこと忘れたのかよ。また危険に晒す気か」


「それは大聖殿が守ってやればいいだけの話じゃろ。今、牛家族は売れに売れ、乗りに乗っておる。その勢いを借りるのに何のためらいがあろうぞ。ジャニ西がもっと知名度を得るために必要な戦略じゃ」


「おい、狸ジジイ。おれらは絶対世界を獲れる。こいつの助けなんていらねえ」


 言い争う悟空と太上の間を裂くようにして、紅害嗣が言った。心なしか身のこなしがいつもより洗練されている。


「俺様の力が欲しいってプロデューサーに頭下げてお願いされちまったからなあ……仕方ないから協力してやることにしてやった。猿のことは気に食わないが、玄奘に恩を売っておくのは悪くない」


「お前とはぜってぇ一緒に歌わねえからなっ」


「それを決めるのはお前じゃなくて、プロデューサーだ」


「だめだだめだっ。オメーは絶対また玄奘を攫おうと考えてるに違いねえ」


「同じ轍は踏まねえ。この前は強引に行って失敗したから、今度は少しずつ距離を詰める。なんたって玄奘の理想のタイプは『共に努力し、共に成長できる人』らしいからな」と、紅害嗣は不敵に笑った。玄奘を今度は真っ当な方法で口説こうと心を決めたようだ。


 面倒なことになりやがった、と悟空は腕をくんで睨みつける。


「月刊極楽ミュージックの最新号インタビューだな」


「猿も読んだのか」


「あったり前だろ。それにそのインタビューの時、同席してたからな」


「雑誌に載っていたのは玄奘の単独インタビューで、お前のインタビューはなかったが」


「玄奘一人にさせられるか。時間が許す限り、おれもついていくに決まってんだろ」


「ふん、うっとおしい奴め。そんなに玄奘を信頼してやれない奴は『共に成長できる人』とは言えないな。玄奘の理想のタイプとは程遠い。ふっふっふ、残念だな」


「うっ、うるせえなっ。どうせ、そのインタビューは嘘だしな。玄奘が『恋愛などしたことがないから答えようもない。未熟な私が理想を語るのもおこがましい』と答えなかったんだ。それでも、インタビュアーが納得しないもんだから玄奘っぽい答えを適当におれが考えてやっただけだ」


「なんでそんなことすんだよ!猿の分際で、間違った玄奘のイメージを広めんなよ」


「Vtuber konzenの時に同じ質問されて、『恋愛したことのない私には答えられません』って言った時の配信を覚えてねえのかよ。古参のファンは玄奘の答えを既に知ってんだよ。このニワカめが」


「Vtuberだった時の配信なんてもう覚えてねえよ、この粘着質なストーキング野郎め」


「オタクなら推しのちょっとした発言でもずっと覚えてんだろ。そんなんじゃ玄奘のファンを名乗る資格もねえな」


 玄奘への恋のさや当てをしているはずが、いつの間にか玄奘オタク同士の知識量を競い合う場になりつつある。

(大聖殿、いつまでたっても玄奘と恋仲になれないのはそういうところが原因だ……)と、磁路はため息をついた。


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