第41話 トラウマは消えず



「えっと……なんか、ごめんね?」


「べ、別に……なんて、ことは……」


 お化け屋敷を出た愛は、隣で息を荒くしている尊に謝罪した。

 尊は、まだ強がってはいるものの、先ほどの光景は忘れられない。


 まさか、尊がお化けが苦手だったとは。意外だ。


「とりあえず、座ろ」


「べ、別に俺は……」


「いいから。私が疲れちゃったの」


 あのあと、固まった尊を引っ張って出口まで到達するのに、体力を使った。

 ヒーローレッドであれば、尊一人を運ぶくらいわけないのだが……素の状態では、そうもいかない。


 近くのベンチに腰を下ろし、愛は水筒を取り出した。


「はい」


「ん、サンキュ」


 蓋部分を外し、それをコップ代わりにしてお茶を注ぐ。

 それを受け取り、尊は冷たいお茶を飲み、喉を潤していく。


「はぁ」


 一気に飲み干し、少しは落ち着いたようだ。

 それを確認して、愛は……黙っていた。普段なら、「尊の怖がり~」とか言って、からかうところだ。


 だが、なぜだかそれは、やってはいけないことだと、思った。


「……かっこ悪いよな。この歳になって、お化けが怖いとか」


 水筒の蓋を持ったまま、尊はつぶやく。

 その視線は、先ほどのお化け屋敷へと向けられている。


「そんなこと……誰にでも、苦手なものはあるよ」


 確かに、驚いた。尊なら、お化けなんて怖がりもしないと思っていた。

 だが、そうではなかった。怖いのを、我慢していたのだ。


 言ってくれればよかったのに……しかし、言うのは尊としては、かっこ悪かったのだろう。


「私こそ、ごめんね。気付けなくて」


 思い返せば、お化け屋敷に入る前の尊の様子は、変だった。

 あれは、お化けが苦手だったから。なんで、あのとき疑問に思わなかったのだろう。


 そもそも、尊がお化けが嫌いだなんて……今までずっと一緒にいたのに、気が付かなかった。情けない。


「いや、俺としてはずっと隠しておきたかったんだけどな。渚だって、知らないだろう」


「……別に、苦手なものがあるくらい、普通のことだと思うけど」


「違うんだ……苦手ってより、もう……怖いんだ。

 あの時のこと、思い出して……」


「!」


 人間なのだし、苦手なものがあってもおかしくはない……そう語る愛に、尊は首を振った。

 そして、話し始めるのは……お化けへの、恐怖。


 愛の脳内には、一つの推測が浮かび……


「もしかして、ご両親のこと?」


 思わず、口に出していた。

 対して、尊は小さくうなずいた。


 その場にいなかった愛は、聞いた話ではあるが……両親が怪人に殺された時、身を隠していた尊は、渚の両目を自分の両手で覆って隠していた。

 その間、尊はぎゅっと目をつぶっていた……だが、見てしまった。


 両親が、怪人に殺されるその、瞬間を。


「あれ以来、暗いとことか、お化けみたいなのもダメになっちまって……わかってんだ、お化けなんてしょせん作り物だって。

 でも……」


 中学生の尊が、妹に凄惨な現場を見せまいと息を殺して……両親が殺される瞬間を、見てしまった。

 それは、彼にとってどれほどのトラウマだろう。


 尊が、夜はいつも渚と一緒に寝ているのは、知っていた。

 だがそれは、渚が怖くないように……という思いからだと、思っていた。


「そう、だったんだ」


 尊と渚は、普段二人であの家に暮らしている。柊家に世話になってばかりではいられないから、と。

 しかし、二人だけで本当に大丈夫なのか。そんな気持ちが、愛の中に生まれる。


 今からでも、ウチに住めば……お母さんだって、話せばきっと、わかってくれる。

 けれど……


「あー……お前はそんな顔するだろうから、言いたくなかったんだよ。言っとくけど、変な気遣いとかすんなよ」


 愛の表情を見て、尊が軽くため息を漏らした。


「怖いっても、普段は問題ねえよ。今日までだって、普通に生活してきたんだ」


「でも……」


「それに、渚にバレたくねえし」


 顔をしかめ、尊は渚にお化け嫌いがバレたときの想像をする。

 愛は、気を遣って尊をからかうことはしなかった。だが、尊と同じ傷を持つ渚には、遠慮などというものはないだろう。


 そんな妹に、こんな恥ずかしいことはバレたくない。


(渚ちゃんはからかわないと思うけどなぁ……)


 しかし、本人がバレたくないと言うのだ。外野がとやかく言ういうことではない。


「はい、この話は終わり!」


 いたたまれなくなったのか、尊自ら話を切り上げる。

 パンッと手を叩き、ベンチから立ち上がった。


「もう落ち着いた、悪かったな迷惑かけて。

 あ、苦手なのはお化けだけで、絶叫系とかはイケっから」


 愛に笑顔を向ける尊。そこに、強がりなどの感情はない。

 むしろ、お化け屋敷という障害がなくなった今、全力で遊園地を楽しむといった具合だ。


 それに微笑みを返し、愛もベンチから腰を上げようとして……



 ぐぅ……



 大きな、腹の音が鳴った。

 その直後、尊は恥ずかしそうに腹を押さえる。


「あ、はは。なんか、腹減っちまったな」


 お化け屋敷で体力を使ったからか、それとも単にお昼が近くなってきたからか。

 笑う尊に、おかしくなって愛も吹き出す。


「わ、笑うなよ」


「ごめんごめん」


 少し早いが、いいだろう。早めの昼食だ。

 愛は無意識に、肩からかけている鞄を撫でた。その中に入っているものを、確かめるように。


 果たして、おいしいと言ってもらえるだろうか。喜んでもらえるだろうか。

 それはわからない。でも……


「うん、じゃあお昼にしよっか」


 今日、早起きして作ったお弁当……それを、食べてもらいたい。

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