第10話 初配信!……の前のアラーム。
「お、終わった~」
0時過ぎまでの長時間格闘は終え––僕だけが机に突っ伏していた。
ママは途中で帰り、神様こと猫神まろんは『あ、配信じゃ~』と言って途中でいなくなったからだ。
まあ、それでも数時間は設定の事だったり配信の待機画面とか色々と作ってくれていたので助かった。
「とりあえず……配信予約は明日の…あ、今日の19時か」
神様の言った通りの時間で配信予約を配信サイトでとる。
サムネにはママが作成した超美麗な僕の姿をぼやかし、文字で【デビュー】という言葉を大きく載せた。
「ん……とりあえず、こんなものか?」
僕は予約が完成したか3度ほど確認し……できたと認識して––机から立ち上がった。
……長時間座っての作業をすると人間の身体は硬直するようで、僕は立ち上がった瞬間にふらついたのは……老いではないと思いたい。
ほら、急に動くと血圧が上がるっていうじゃん?それだと思う。
「ご飯食べて、お風呂入って、軽くストレッチしようかな」
慰めに近い、誰かに届けるわけでもない言葉を––パソコンのファンの音だけが聞こえる部屋で呟いた。
翌日。
僕はご飯を済ませ、お風呂に浸かり、神様から来たダル絡みメッセージに返信をしながら就寝したはずだが––今はパソコンデスクの前で机を抱くかのように寝ていた。
あれ?僕なにしてるんだ?
「……あー、身体痛い……」
昨日のストレッチの甲斐もなく、今は全身が痛い。
『お~、やっと起きた』
「…」
『おーい、起きてるかの?』
「…」
『おーい、起きてるかの?』
「……」
『おーい、起きてる––』
「起きてる」
RPGの街にいる住人かよ。
というか、朝からなんだ?神様。
まだ半開きの僕の眼に––神様は昨日もらったママのデザインに早速変更してドヤ顔をしている。
『ふっふーん!どうじゃ?可愛いじゃろ?前も可愛かったが、更に可愛くなった!』
「そうですね。はいはい」
……まだ12時でしょ?寝たい……今度はちゃんとお布団で。
僕は机から立ち上がり、会話相手の神様が映っているスマホを右手に持ってお布団の方へと歩き出した。
お布団は使用された後もなく、僕を眠りへと誘うかのように鎮座している。
『ちょ、ちょっと待て~い!』
「なんすか?」
ドヤ顔していた神様は二度寝しようとしている僕の鼓膜を破る勢いで声を上げる。
そういや、最近の神様の口癖お笑い芸人っぽい。
『昨日のこと忘れたのか?』
「は?昨日?」
『昨日、新しいモデルをママさんが急ピッチで仕上げてたじゃろ?夜中だったから“ごめんね”って言ってたの忘れたか?』
「…あー」
そう、あの後初配信をすることをママに言ったんだっけ。
……モデル変更まだだ。
『昨日、眠そうにしてたから“ASMR”っぽい事したら寝ちゃったもんね~プププ。わらわの声ってそんなに癒し効果があるとはの~。自分の才能が怖い怖い』
「…」
まあ、否定はしない。
何十年、何百年って聞いてきた声を不快になるなんてあり得ないんだもん。
それに、普通に聞いても落ち着いた声は誰からも好かれると思う。
『とりあえず、モデル変更は早くしておくのじゃ~』
「神様は早かったんですね」
『わらわは神様じゃもん。物理演算?みたいなのはいらんし』
「……便利な神様ですね」
いつか、この世界もそうはなってくれないかなぁ。
僕は近くにあったペットボトルのコーラを開け、飲んだ。
『さ、とりあえず終わらせよう!』
「わかりました」
神様の声に背くわけにもいかず––僕は再度パソコンで作業を開始した。
そして、神様は––
『夜までには再度睡眠、食事、部屋の掃除をしといてね』
そう言って、スマホの画面から消えた。
まあ、モデルの変更はそこまで苦ではない。
ママさんがフォルダを移動したら動くように作ってくれているからだ。
「うし…今度こそ寝よう」
そう言って、新しいモデルが動く事を確認し––布団へとダイブした。痛かった。
数時間……16時頃。
僕は勝手にセットされたアラームで起こされた。
「ん……んー、んー」
寝覚めが悪いのは元々だったけど、今回は最悪の目覚めからの二度寝なので余計に寝ていたい。
それに……なんか、今目を開けるとダメな気がする。
「もうちょっと……」
僕は鳴り響くスマホのアラームを止めようと薄目でスマホを探す。
確か……隣に置いたはず。
僕はほぼ何も見えない状態で右手の感触を頼りに探す……探す……探す……。
僕の脳は考えるのを鳴り響くアラームを耳を包んで放棄した。
「おーい、起きろー?うるさいぞー?」
誰かの声が聞こえる。
でも、僕は耳を包んでいるからね?聞こえない聞こえない。
「おーい」
まだ言ってる……聞こえない、聞こえない。
「おーい!!!」
……。
僕の耳を少し乱暴にこじ開け、アラームと同じ声で––
「起きろー!!!!!!」
女性の声が僕の耳を貫通させた。
僕はあまりの衝撃に「あー!!」と寝起きなのに大声をだし、フラフラになりながら布団から這いつくばるように出た。
「へっへっへー!起きたー?」
「し、死ぬわ!」
僕の目の前には、天真爛漫な笑顔を見せる––つばめさんがいた。
……まてまて、状況が呑み込めない。どういうこと?
あ、あ、あれか?夜這い?……いや、幽霊ってことも?
「……あれ?何もきいてないの?」
「は、はい?」
僕の混乱している様子を見て、つばめさんも混乱する。
「え?」
「え?」
……いや、どういう状況だよ。
「あ、起きましたか?」
混乱している人が1名増えた中––奥からエプロン姿のすずめさんが出てきた。
それは、本当に……うん、新妻みたいな感じ。
「ど、どういう状態なんですか!?」
「…あれ?まろんちゃんから何も聞いていないのですか?」
「え?あ、なにも?」
「あら……」
……少しの沈黙が流れる。
三者三様に「え?」というネット番組の恋愛リアリティーショウみたいな混乱と混沌が生まれている。
「……と、とりあえず、ご飯できたんで食べましょうか」
この混沌を終わらせるかのように、すずめさんが口を開き––僕らは台所へと向かった……僕、また寝間着なんだけど。
そして、神様はというと『配信中~』という看板をスマホの画面に飾っていた。
「……ふむ」
美味しいご飯を食べ、食後のお茶を啜りながら“これからどうする”という選択肢を考えている。
すると、スマホの画面にあった看板がとれ––
『いや~、疲れた~!お、いるいる!こんちゃー』
神様が帰ってきた。
神様の顔は賢者タイムのようなスッキリとした表情を浮かべているのに少しイラっとしたのは内緒にしておこう。
「こんにちは~」「こんちゃーっす」
すずめ、つばめ姉妹は神様に挨拶をする。
そんな姉妹を見て、神様は『良い子じゃな~』と何故かおじいちゃんが生やしていそうな顎の長白髭を撫でるような仕草をして答えた。
「ねえ、神様」
『お、なんじゃ?』
僕はそんな神様に「どこで覚えたんですか」という一応ツッコミを入れて後、今の状況の説明を求めることにした。
「えっと……なんで昨日帰った2人がいるんですか?というか、何か僕に言ってない事ありますよね?」
『ほえ?』
また少しイラっとした……前はもっと真面目だったのに。インターネットが悪いのか!?インターネットが!
神様は『まあまあ、落ち着いてくれ』と表情に出していないはずの僕を宥め、この状況の解説をしてくれた。
『今のVtuberの配信は“コスプレイヤーとの共存”が一つのテーマになっておる。いぬ丸も大手の子らを見てると分かると思うが、コスプレイヤーが自身のコスプレをして口パクで話をするというのがトレンドなのじゃ。まあ、それも大手だからできることといえばそうかもしれぬがな』
「ということは?」
『今回、わらわといぬ丸のコスプレの衣装を急ピッチで仕上げてもらった!まあ、ママさんの衣装も既存の服をベースにしているんだが……それでも、難しい注文を受けてくれたことに感謝する』
「いえいえ」「楽しかったよ」
『っということで、いぬ丸の初配信に出てもらうことになった!……あと、わらわもでるぞ』
「ほ、ほぉ~?」
『ぶーすと?ってやつを狙いたいのじゃ。理解してくれ』
「まあ、それが一番いいのであれば……」
『それに、色々な報告もせねばだし』
神様はそう告げると『では、少し休んでくる』と言ってスマホ内から出て行った。
「……ということです」
すずめさんの申し訳なさそうな顔を見て、僕は考えるのを放棄した。
18時過ぎになった。
眠い目を擦りながら起き続けている僕と––全く使っていない空き部屋で掃除やら何かしている姉妹。
「あの、カメラはありますか?」
「この設定はできますか?」
色々な注文がつばめさん中心に僕に飛んでくる。
それを、僕もわからないなりに設定を済ませている。
恰好もメイクも終えているようだが……本番まで内緒にしたいのかぼやかしている。
「……とりあえず、大丈夫かな?」
あの後も色々な注文があり––つばめさんのホッとしたような声がマイクのほうから聞こえたのは18時48分だった。
あと数分でデビュー……。
僕は高鳴る気持ちを抑えつつ、コーラを飲んでその時を待った。
昔は神に仕える犬だったのに、今は底辺Vtuberになって仕える人を探す件 いぬ丸 @inumaru23
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