昔は神に仕える犬だったのに、今は底辺Vtuberになって仕える人を探す件

いぬ丸

第1話 『底辺Vtuber』の始まり。

 「君はもっと良い人生を送って欲しい」

 ––その言葉が最後まで聞こえる前に––僕はこの世界の終焉を迎えた。



□■□■□■


 「はあ……」

 ため息をつく僕は今––目の前にあるパソコンと格闘している。

 「なんで、現代の人間ってこんなことできるんだ……これが、ジェネレーションギャップってやつ?」

 誰もいない大きな家の中で誰かに話しかけるように呟き……またパソコンと格闘をする。

 かれこれ2時間以上はパソコンの前に座って唸っているんだけど。



 今、なんでこんなことをしているか。

 それは、僕には色々な記憶が混在しているから……というと意味が分からないと思うけど––僕にもわからない。

 正直、この家にいる理由もわからない。

 ただ、唯一分かることは“自分の夢が叶えることができる世界”ということ。

 混在してる記憶の中に悲しい記憶があるからそうなんだと思う。


 「……ん?これ、戻ってない?」

 記憶語りをしながら作業しているマルチタスクを勝手に披露しようとして––僕の前にあるパソコンは何度も同じ画面を繰り返して馬鹿にしてる。

 というのも、このパソコンは自費で購入したわけではないのだ。

 「この家のパソコンが“ゲーミングPC”とかいう良い奴って聞いたのに」

 そう、この家に付属したものだからだ。

 多分、人々はセキュリティ云々を言うんだろうけど––こいつにセキュリティなんてかかっていなかった。

 でも、だからなのか––パソコンがブツンと音を鳴らして真っ暗な画面を映し出す。


 「あーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!もう!!!!!!!!!!!!!!」

 反応しなくなった画面を見て、キーボードをたたく僕。

 皆だってやるでしょ?普通。


 そんなイライラ満タンな僕の家に一人の女性が入ってくる。

 「うるさいよ~?どうしたん?」

 「……はぁ、このパソコン本当になんとかできないかと思ってさ」

 「あ~、メンテナンスとかしてなさそうだもんね」

 「ママどうしたらいいの?これ」

 「ちょっと、んー……一度分解してみる?」

 「え?怖くない?」

 「タダだったんなら動けば儲けものでしょ?それに、見た感じでもホコリが入ってて感電とか火事にもなりそうだし」

 「火事!?うわわ、ヤバい!」

 「でしょ?だから、一度預かるから君はお風呂に入っておいで」

 「は~い」

 そういって、僕はパソコンの前から立ち上がりお風呂場へと向かう。

 ちなみに、ママと言ったけど本当のママではない。

 隣に住んでいる––本当の人妻だ。

 僕がここに来る?来ていた事で面倒を見てくれるようになった包容力のある人だ。

 ……普通、警察とか何かしら疑うかもしれないけど、本当に不思議な人。

 

 「……お風呂熱い」

 煮込み料理をしているかのような湯気が家中に蔓延しているのは内緒にしておこう。



 翌日。

 僕の家にあった昨日ママが作り置きしている肉じゃがでご飯を済まし––タロット占いを開始する。

 これも、何故か記憶があって……泣いている少女が置いていったものがコレだった。

 「う~ん……これは……」

 今日の占い……塔の正位置。

 「感電、火事……」

 ––まだ見習いだから大丈夫!きっと!!


 気持ちが少しブルーになった後、家に「よいしょっと」と掛け声をあげながらママが来た。

 「昨日のパソコンのメンテナンスしてみたよ~。私がしたわけじゃないけど」

 「お、ありがとう!……え?ママがしたわけじゃないの?」

 「うん、昨日しようと思ったけど寝ちゃって……エヘヘ。そ、そうしたら、綺麗になってた」

 「……へ、へぇ」

 「とりあえず、電源点けてみよ!?」

 「わ、わかった!」

 ママに急かされ、僕は直ぐにパソコンをセッティングする。

 2回目ともなると少しは覚えているものなんだと自分に感心しながら––パソコンの電源を点けた。

 

 

 「「んー?」」

 僕とママの声がハモった。

 何故ならパソコンはあるマークをチカチカと点灯させながら––メッセージが出てきたからだ。

 それは、簡易的なメッセージ。

 『情報を整理します』

 その表示が出た途端––パソコンが“ボンっ”と音をたて、マウスを握ってた僕の指先に電流を流し込む。

 「……あー、なるほどね」

 何故か納得した僕は––そのままパソコンの前で倒れこんだ。


 


 「……だ、大丈夫!?」

 「う……う、うん」

 「ビックリしたよ~……とりあえず、何か飲んだ方が良さそうかな…?お水持ってくるから安静にしてて」

 そういって、ママは台所の方へと向かっていった。

 ……そうか、そうなんだ。

 「はい!これ飲んで!」

 少し慌てたのか水が僕に少しかかったけど––ママは僕に水を渡してくれた。

 それを僕は「ありがとう」と言いながら飲み干した。

 そして、僕は一息ついてから––思い出した事をママに言うわけじゃないけど、話し出した。


 「僕、実はこの世界の前の事を思い出したんだ。僕は昔ここにあった神社で拾われた犬だった。神社にいる人や神が“君にはもっと笑顔でいてほしい”って育てられ、色々な事を経験して辛いことも楽しいことも経験した。でも、充実もしていた。あの時の皆の笑顔は何故か思い出せないけど……でも、凄く心地のいい場所だったんだ」

 

 ママは何も言わないけど、話を聞いてくれているようだった。

 そんなママを僕は一度見つめて––再度、話し出す。


 「ある日、この国の経済成長と共に“不要”となったものは排除する事が決まったんだ。それは、神社も対象だった。……僕の住む神社はなくなったんだ。でも、神様が消える際に言ってくれたんだよ“君はもっと良い人生を送って欲しい”と。全ては聞こえなかったけどね。で、今ここにいるのは––」

 「転生ってこと?」

 「た、多分?」

 ママの意表のつく言葉に少し動揺した。

 え?ママってこんなにも適応力あるん?

 「そっかぁ。だからなんだね?お風呂上りに耳が出たり、尻尾が出たりしてるの」

 「!?」

 「…あ、いや。バレてないと思ってたのかもしれないけどバレバレだよ?」

 「……ま、まあ。そんな感じっす」

 言葉が詰まる。悪い意味で。

 ママは少しだけニヤニヤしている。

 「そっかぁ!なら、これはネタにしなきゃ!」

 「ネ、ネタ!?」

 「そう!もったいないじゃない!?それに、その神様の言葉を汲み取るなら––」

 「?」

 「私達で神社たてよ!!!!!私は神主とかできないから見つけなきゃだけど!!!!!」

 「……お、おう」

 ツッコミが追い付かないんだけど。

 「言ってなかったけど、私達オタクじゃん?なら、オタクな神社建設するって面白いじゃん!」

 「あ、まあ、そうですけど」

 何故か敬語になる僕を––ママは更に満面の笑みで上乗せする。

 「オタクな匂いしてたんだよね~。競走馬を擬人化した作品の低身長でボーイッシュなあの娘好きでしょ?グッズみたよ」

 「……この世界のオカンは怖い」

 「いやいや、どの世界だって“女性”は怖いんだよ~?」

 「で、何で神社建設?って、言ってる本人が無理ってダメじゃん」

 「だって、神社があれば神様戻ってくるかもでしょ?それに、私には仕事あるもん。でも、協力はするよ?」

 「ほ、ほーん」

 何で記憶が戻ったのに、記憶を混雑させるんだママよ。

 目の前で鼻息荒く「よーし、やったるぞー!」といって腕をグルグルと回す姿は––にんじんを目の前に吊るされて走るウマみたいだった。


 「とりあえず、今から家に帰るからパソコンはなんとかしといてー!」

 数分もしないうちにママは自分の欲求を満たすために––僕の家を出て行った。

 といっても、隣の家なので「うおー!」とか「やるぞー!」って声が聞こえるんだけど。

 ま、まあ、こんなママなら旦那さんも幸せなんだろうね。


 僕は一度台所に向かい––常に保存しているゼロコーラをグラスに注ぎ、飲み干す。

 そして、再度グラスにコーラを注ぎ––パソコンの前に座る。

 今度はパソコン、マウスに触っても感電などはしないようだ。

 「んっと…設定は…あれ?もうできてる。ってか、色々なソフトが入ってるじゃん」

 デスクトップ画面には何故か僕の推しの画像が壁紙として貼られており、ソフトもいくつかダウンロードされていた。

 いくつかダウンロードされたソフトを見てみるが、今の僕には理解できない文字や解説が流れて来たので見るのを諦めた。

 「……ま、点くからいっか」

 そういって、巷で話題になっている配信者があつまるゲームの配信をパソコンで流した。

 このゲーム……というか、この企画が凄く面白いんだけど見るのと参加するのは違うんだろうか。

 「いつかしてみたいなー……」

 誰もいない家の中でそう呟いて、時間が過ぎていった。



 数日が過ぎた頃だろうか。

 僕が毎日同じルーティン化した占いからの動画視聴を––遮る声が響き渡る。

 「おーい!!!!!!」

 「わ!」

 壊れたブレーキのような音を出しながら、目の下にクマを蓄えたママが登場した。

 そんなママに僕は情けない声をあげて、あげた自分の気持ち悪さに赤面した。

 「ん?どうしたの?」

 「あ、いやいや。なんでもない」

 傍目から見ると、放課後に好きな女子と教室で二人きりになって不意に見せる可愛さに赤面している感じなんだろうけど……今は違う。違うんだ。

 「パソコンはどこ?」

 「え、ここにあるよ?」

 「ちょっと貸して!」

 「は?」

 ママは「ほら、元々君のじゃないでしょ」と言いつつ勝手に僕のパソコンにUSBメモリを差し込み作業を始めた。

 記憶の途中だったけど、この家は神様が残してくれた家だから「僕の家だし」ともいえるけど……面倒くさくなりそうなので黙って作業を見守った。

 

 「よし、できた!」

 数分程度で作業を終えたママはドヤ顔で僕を見てくる––クマのせいで怖いんだけど。

 「君は今日からVtuberをします!」

 「ブ、ブイチューバ?」

 「そう!君は“いぬ丸”としてこのモデルを動かして神主と信者を増やしなさい!私はそれをネタにして色々と遊ぶから!」

 そう言って、勝手に設置されたカメラでトラッキングされた僕の仮想現実の姿は––瓜二つとまではいかないがどことなく自分に似てた。

 「ママがつくったの?」

 「そう!私、絵もモデルもできるもん。まだまだ勉強中だけどね?」

 そういえば、職業を聞いていなかったけど絵描きとして活動してるんだね。

 というか、この短時間でこんなにできるなんて…凄い。

 「まあ、まだ仮の段階だから!信者が増えたらもっと描くよ!」

 「お、おう」

 何故かNOと言えない空気。

 確かに何度もママに言ってたもんね「vtuberって面白いね」って。


 ママは自分の仕事を終えたことで安心したのか。

 「とりあえず、これで色々と活動してみたらいいんじゃないかな?いぬ丸君って実はシャイでしょ?これなら話せると思うんだ」

 僕の占いと同じくらい当てる観察眼を発揮し、安心したように欠伸をする。

 そして、いつもの優しい表情をしたママは「じゃあ、家に帰るね」と言って就寝しに帰った。

 

 残された僕は「ふーん…」と何度も首を動かす。

 パソコンの向こうの僕も同じように首を動かす。可愛い。

 「神社の建設ねぇ……」

 その目標は実は少しあった。でも、行動できなかった。

 でも、今は違う。

 この姿を使って、行動しようと思う。


 「さて……じゃあ、まずはチャンネル作成とSNSのアカウント作成だっけ?」

 コーラを飲みながら、僕はマウスを握った。


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