第2.5話 1歩前と2歩前の減速が大事(2)

何を言っているのか理解できないエリカは聞いた。


「2019年とか2022年って何ですか?あと、言っていることが難し過ぎて意味がわかりません。」


当然の疑問だ。


フジカルは答える。話すスピードはさらに早口になっているように思える。


「2019年とか2022年というのは、オレが元いた世界の年号だ。オレの世界では1年は基本的に365日だ。オレが最後にその世界にいたのは2023年だから、わりと新しい論文だ」


確かに、異世界に来て地球の西暦で物事を語っても理解されるわけがない。とはいえ、論文がいつ発表されたものなのか、最新の研究なのか、それとも何年も前に発表されていて多くの人が知っている内容であるのかは、時として有益な情報だ。


(これからも、エビデンスとして論文を紹介するつもりなので、西暦に慣れてもらおう)


そう考えていたフジカルだった。今後も、西暦で論文の発表された時期をゴリ押しで説明するきマンマンだ。


「論文が示唆する内容をざっくりと要約すると、オレの元いた世界での最新研究では、最終的に方向転換をするときに地面につく足も大事だけど、それよりもさらに1歩前と2歩前も凄く大事だよということだ」


実は、この考え方はフジカルが異世界転生する前の地球においても、まだそこまで普及していないノウハウだった。

スポーツを練習する多くの選手が、方向転換を行う瞬間のみにフォーカスし過ぎてしまい、方向転換を実際に行う前段階に着目できていない事例が多かったのだ。


方向転換よりも1歩前と2歩前に関する論文の発表が2019年や2022年という点からも、2023年段階で、そういった情報がスポーツの現場においては、まだ浸透していないであろうことがわかる。


そして、フジカルは続ける。


「1歩前と2歩前が大事になる理由だけど、まっすぐ走って90度横に移動しようと思ったら、まっすぐ進んでいるときの速度を一度0にしないと90度の方向転換はできないんだ」


進行方向に対しての速度が0にできない場合、90度の角度での方向転換は行えない。進行方向への速度が0よりも大きい状態というのは、進行方向に対して動いているということであり、進行方向に動いているのであれば進行方向側に寄った角度になってしまうのだ。


「最初に進む方向への速度が0ではない状態だと、たとえば、30度とか60度とかになってしまうわけで、90度以上の角度で方向転換をしようと思うと、最初に進む方向の速度を0にしないと無理なんだ」


漫画やアニメなどで、多くの人々がイメージする、デフォルメされた稲妻のような直角が複数組み合わされたようなジグザグの動きを実際に行うのであれば、進行方向に対する急激な減速からの方向転換を行い、その直後に新たな方向への加速が必要になってくる。

ジグザグな動きをしたいのであれば、減速と加速の両方が必要なのだが、得てして加速の練習ばかりが人気だったりする。


「キレのある方向転換を安全に行うためには、方向転換の前に発生する減速も大事なんだ」


"キレのある動き"という表現が使われることがあるが、この"キレ"とは、おそらく、減速と加速の急激な切り替えのことをイメージしている人が多いとフジカルは推測している。

"キレ"とか、"キレッキレの動き"といった表現は、各所で耳にする表現であるが、実際には、その定義は曖昧だったりする。

しかし、曖昧な表現の方が使い勝手は良かったりはするから難しい。


「次は、最終的な方向転換を行う足の、1歩前のPFC(Penultimate Foot Contact)と、2歩前のAPFC(Ante-Penultimate Foot Contact)の方が、地面反力が大きいという話の説明だ」


この部分も大事な部分だ。フジカルの説明にも力が入る。


「地面反力が大きいというのは、それだけ大きな力が身体にかかっているということでもあるし、そこで大きな速度変化が起きていることも示唆しているんだ」

「そして、PFCとAPFCで十分な減速を発生させずに、最終的に方向転換を行う1歩で減速を行おうとしてしまうと、そのときに足に大きな負担がかかってしまうわけだ」


減速を行うときには、どこかで減速を行うための力を地面に伝えなければならない。それを複数の歩数で分散できるのか、結果として最後の1歩に過剰に負荷がかかってしまうのかで、大きな違いが出てしまう。怪我を予防するためにも、減速の能力は大事だ。


「ということで、まずは、減速の練習をやっているのだ!」


減速と方向転換について語るときに、もうひとつ大事な要素がある。サリーが黙々と練習に励む一方で、フジカルは、エリカに対して、もう少し詳しく説明することにした。


「減速をどう行うのかで鍵になる考え方が、"ロールシェアリング"という考え方だ!」

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