方向転換で膝を怪我する女冒険者

第2.1話 プロローグ:ゴブリンメイジ討伐で前十字靭帯断裂

サリーは怪我をしたときの状況を説明し始めた。


ときは数時間前に遡る。


女性だけで構成される冒険者パーティ"ブルーサファイア"は、ミズガルズD級ダンジョンのボス部屋でゴブリンメイジ討伐にチャレンジしようとしている。

ゴブリンメイジ本体は弱いが、シャドウウルフを無限召喚するので厄介だ。

無限に湧き続けるシャドウウルフをかわして、素早くゴブリンメイジに辿り着いて倒すのがセオリーとされている。


ブルーサファイアのパーティメンバーは、盾役(タンク)でリーダーのレベッカ、長剣使いでアタッカーのサリー、魔法使いのエマ、ヒーラーのパトリシア、アーチャーのアリーヤ、オーソドクスな5人構成だ。

ゴブリンメイジへのチャレンジは、これで3回目だが、まだ討伐に成功したことはない。


メンバーが配置につくと、ヒーラーのパトリシアは、仲間に身体能力、攻撃力、防御力が上昇する法術をかける。


「準備はいい?今日こそは倒す!GO!」

レベッカの合図で戦闘開始だ。


戦闘開始とともにゴブリンメイジは怪しげな呪文を唱え、複数のシャドウウルフが呼び出される。


「ファイアボール!」エマの火魔法がシャドウウルフを襲う。

アリーヤの弓から発射された複数の矢がシャドウウルフに命中し、パーティに襲いかかるシャドウウルフの攻撃をレベッカの盾が防ぐ。


乱戦の中、アタッカーのサリーはダンジョンの大部屋の奥に陣取るゴブリンメイジへと走っていく。


ゴブリンメイジまで、あと10メートル!


ここで一気に駆け寄って一太刀で切り伏せたい!


ゴブリンメイジに向かって、さらに加速する。


次の瞬間、ゴブリンメイジは仲間を呼び、床に黒い影が突如として登場し、そこからシャドウウルフが出現する。

出現したシャドウウルフは、サリーとゴブリンメイジを結ぶ直線上に登場し、サリーの行く手を阻む。


ゴブリンメイジへの攻撃が届けばシャドウウルフは消えるはずだ。

新たに登場したシャドウウルフに構わず走り抜けたい!


シャドウウルフをサイドステップで華麗に躱すために、左足を地面につき、右に身体を避けようとした瞬間、急に左膝に力が入らなくなる。

そして、左膝に激しい痛みが走り、膝を抱え込みながら倒れてしまう。


やばい!


サリーに襲いかかる複数のシャドウウルフに対してエマの火魔法とアリーヤの矢が放たれる。

タンク役のレベッカは、サリーに駆け寄り、盾でシャドウウルフの攻撃を防ぐ。

ヒーラーのパトリシアも駆け寄り、サリーの膝に回復魔法であるヒールをかける。

足を引きずりながらも、なんとか動けるようになったサリーを守りながら、レベッカは撤退を決意した。


そして、撤退してから冒険者ギルドに到着したという状況らしい。

少しでも赤字を減らしたいので、ボス戦の前に倒した魔物の素材をギルド受け付けに提出するためだ。


---


一通り説明を聞いたフジカルが質問する。


「ゴブリンメイジという魔物に向かって全力で走っていって、急に別のシャドウウルフという魔物が出てきたから、びっくりして方向転換しようとしたら膝に力が入らなくなって痛みが走ったということかい?」


それに対し、サリーが答える。


「そうだ」


続けてフジカルが質問する。


「怪我はどうしたの?今は歩けてるようだけど?」


フジカルが、この世界の常識を知らないと推測した受付嬢エリカが補足する。


「この世界には回復魔法があるので、怪我は魔法で回復できるんです」


「便利な世界だなぁ。それはすごい。じゃあ、怪我のリハビリを時間をかける必要はないわけか。再発防止がメインだな。」

「そのとき、やろうとした動きを本気のスピードでなくていいので、軽くやってみせて」


サリーが軽く走って、障害物を避けるようにジグザグに進む。


まっすぐ走って進んでいるときに、向かってくる相手をかわして、そのままさらに前に走るような動きは、サッカー、ラグビー、アメフト、バスケットボールなど、様々なスポーツでお馴染みだ。

フジカルが異世界転生する前の仕事において、そういった動きで怪我をしてしまうリスクが高い選手の動きを修正する手伝いをしたり、逆に怪我をしてしまった選手のリハビリを担当したりしていた。


サリーが先ほど行った、ジグザグに進もうとする一連の動きに、膝を怪我してしまうリスクが高いとされている動きの要因が複数見られたが、フジカルにとっては非常に見慣れたエラーだった。

そのエラーであれば、行うトレーニングはアレとアレだな、と内心思った。


「そうか、その動きね。じゃあ、今日は疲れているだろうから明日、また来てくれ。怪我を繰り返している要因だと推測されるものと、それを改善するためのトレーニングをやろう!」


そう言って、その日は解散した。


――――――――――

次話は、膝の怪我リスクを軽減するためのテクニックのひとつである減速について紹介します!

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