速く走りたい!足が遅い魔法使い

第4.1話 プロローグ:ゴースト階を駆け抜けろ!

まっすぐ走る。非常にシンプルでありながら、その行為を突き詰めようとすると奥が深い。

そして、走るスピードに対して苦手意識がある人にとっては、漠然と数をこなしても大きな改善を実現できない場合があるのが難しい。


冒険者にとっても、走るというシンプルな動作は重要だ。

最悪の状況から逃れるときなど、ときとして走る能力が生死に結びついてしまうこともある。


神のミスから異世界転生してしまったスポーツトレーナー藤軽動次(ふじかる どうじ)は、ギルド職員"フジカル"として日々冒険者のフィジカルを改善している。

今日は、パーティで最も走るのが遅いことに悩む魔術師のスピードアップを目指している。


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ときは、昨日に遡る。


ミズガルズにあるC級ダンジョンの9階を駆け抜けるパーティが多い。

この階はゴーストが中心だが、ゴーストには通常の物理攻撃が効かない。

魔法で攻撃するか、魔法武器で攻撃する必要がある。

ゴーストを倒しても討伐証明部位を確保できないので、金にもならない。

できれば避けたい相手なのだ。


しかし、ゴーストの動きは素早くないので、十分なスピードで走ってしまえば追いつかれない。

魔力を浪費せずに進めるというメリットもあり、パーティ全員で9階を駆け抜けて次の階まで素通りするのが賢い方法であるとされている。


とはいえ、そこで問題が発生することもある。

世の中に存在する人々は、走るのが得意な人々と、走るのが苦手な人々の2種類にわかれるが、後者にとってミズガルズC級ダンジョンの9階は鬼門なのだ。


女性だけで構成される冒険者パーティ"ブルーサファイア"の魔法使いエマ。

背は高い方ではない。いかにも魔法使いといった帽子とローブを身にまとう、眼鏡っ子だ。

言葉巧みに話す性格でもなく、どちらかというと無口に近い。


エマは、まさに走るのが苦手なタイプの人間だ。

魔法使いは体力勝負な職業ではないと彼女は信じている。


先日、ゴブリンメイジを討伐したことで先に進めるようになったのだが、そのおかげで仲間に追いつけるだけの速度で走ることを要求されるのうになってしまったのだ。


チームメンバーがエマの足の遅さに不満を持つようになっていた。


以前は、サリーがチームから追放されそうだったのだが、今度はエマが、その危機を感じ始めたのだ。

フジカルの指導によって、アタッカーのサリーが劇的な成長をしていたのを目の当たりにしたエマは、冒険者ギルドの地下訓練場で速く走るための修行をすることを決意した。


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フジカルのトレーニングは冒険者ギルドの地下練習場で行われる。

冒険者ギルドの受付嬢エリカは、フジカルの助手も行っているため、トレーニングの依頼を受けると同席するようにしている。


エマを連れたエリカが地下訓練場の扉を開くと、そこには信じられない光景が広がっていた。

地下訓練場のはずが、目の前は大海原。潮の香りがあたりに立ち込める。


海辺で三角形の竹笠帽子を被って釣りをするひげずらの男がいる。フジカルである。

ちょうど、何か大きな魚を釣り上げている。


エリカとエマの時間は停止した。

まさに宇宙猫状態である。


「何をしているんですか?ここは冒険者ギルドの地下訓練場ですよね?」


エリカのツッコミは手慣れている。


「米をおいしく食べる至高の方法のひとつとして海鮮丼がある!海鮮丼が食べたいんだ。それには新鮮な海の幸が必要で、最高の鮮度を実現するには自分で釣るよね?」


「そういうことを聞いているのではありません。。。これでは訓練ができないじゃないですか!」


「すまんすまん。ちょっと待ってて」


と言って釣具を片付け、右手をスッと横にスライドさせる動作をした思った瞬間、いつもの地下訓練場に景色が戻った。


「今日のお客さんは、どんなリクエストなんだい?」と、まるで何もなかったかのように自然にフジカルは問う。


無口なエマは、もじもじしている。

ギルド受付嬢のエリカは、フジカルの助手も兼ねており、事情を説明する。


「よし、わかった。じゃあ、まずは全力でダッシュしてみて」


とフジカルは言う。


「ん。」と同意の意思をしめしたエマは全力で走る。


それを見たフジカルは、エマが走るときの接地足の膝の角度が気になった。

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