第46話 荒川河川敷決戦②


 触手に向けて銀の弾丸を放っているのだが、ジーナは両足首を引っ張り回されるため、狙いが定まらない。もたつく間に、美青年の頭部は完全に再生してしまった。


「詰めが甘いな、〈大いなる監視者〉」ビルは朗らかに笑う。ビルは朗らかに笑う。

「さすが〈旧支配者の末裔〉。イケメンに陰りなしだね」と、ヒカルも笑みを返す。

「戦闘の最中にも優雅さを忘れない。それが私のモットーだ」

「あ、ちょっと待ってね。おい、理市」


 あろうことか、ヒカルは敵から目をそらして、鬼と化した理市に語りかける。その時点で、理市は最上の触手にからみとられて、苦戦を強いられていたのだが。


「忙しいところを悪いが、ちょっと手を貸せ。いや、左の肘を、私に向けるだけでいい。それぐらいなら、余裕でできるだろ」

 そう言って、ヒカルは右手の人差し指で、理市の左肘を指さす。


「ヒカルさん、あからさまに無視されるのは愉快じゃないな」

「すいません、お待たせしました、ビルさん。決して、あなたをないがしろにしたわけじゃないですよ」


 ヒカルは左手の人差し指で、ビルとジーナを結ぶ触手を指さした。次の瞬間、銀色の光が指先から走り、まるでレーザーのように触手を断ち切った。

 それは実際にはレーザーではなく、日本刀の鋭さと3メートルの長さと持ち合わせた〈鬼の角〉だった。鬼が体内に秘めている絶対的な武器である。その名は……。


「理市、〈鬼神刀(アルテミット・ブレード)〉は額からだけではなく肘や手のひらなど、身体のいたるとことから出すことが可能だ。意識を集中させて、使いこなしてみせろ」


 ヒカルの叱咤を受けて、理市は反撃に転じた。胴体を絞めつける触手に左肘を押し当て、右手で触手を掴むと、二振ふたふりの〈鬼神刀〉を繰り出し旋回させた。二本の触手が体液をまき散らしながら落下する。


 形勢は逆転した。拘束から逃れた理市は〈触手の王〉に掴みかかり、一本背負いの要領で投げつける。だが、触手がからみついていたためだろう。二頭の異形はもつれ合いながら、荒川河川敷の方へ転がり落ちていった。

 

 一方、触手から解放されたジーナはSR400に駆け寄り、バッグから愛用のM16を取り出していた。

「ヒカルさん、早くこちらへ」と呼び寄せると、ビルに向かって銀のライフル弾を連射する。


 だが、美青年の身体には一発も命中しなかった。彼の周囲の空間が陽炎のように揺らめき、ライフル弾の方向を捻じ曲げられたせいである。

 ビルは笑顔を浮かべたまま、断ち切られた触手を拾うと自分の傷口に押し当て、難なく接合を成し遂げていた。


「さて、ヒカルさん、第2ラウンドとまいりましょうか」

「いえいえ、滅相めっそうもない」ヒカルは笑顔で、両方の手のひらをワイパーのように振る。「私は〈監視者〉ですし、根っからの穏健派ですから」

「ヒカルさん、下がってください」


 ジーナがヒカルの前に出て、彼女の盾になる。しかし、銀の弾丸を撃ち尽くしてしまい、今はジェリコ941の通常弾で応戦するしかない。


「あのね、ジーナ、この辺りは3Rを推進しているんだよ」

「……はあっ? ヒカルさん、それ、何の話ですか?」

「3Rというのは、リデュース(ゴミの削減)、リユース(再使用)、リサイクル(資源に戻して再利用)。貴重な資源は大事に使おうってね。それは弾丸も同じこと」


 能天気なやりとりとは無関係のように、小さな物体がいくつも宙に浮かんでいる。

それは、ジーナが撃った弾丸だった。拳銃弾とライフル弾があり、ビルからの距離や位置はそれぞれバラバラである。しかし、弾頭はすべてビルの方を向いていた。

 明らかに何者かの意志によって操られているように見える。もちろん、それはヒカル以外にはありえない。


「じゃあ、そろそろいくよ。ほぉら、〈轟天散華(バレット・ブレイク)〉」


 ヒカルが呟いた瞬間、ビル・クライムの全身に弾丸の雨が降り注いだ。

 銀の拳銃弾とライフル弾が〈旧支配者の末裔〉の身体をえぐり、貫き、引き裂いていく。しかも、身体を破壊した後でUターンをして、再び襲ってくるのだ。それは果てしなく続く弾丸の嵐だった。


 すべての弾丸には小さな眼球がついており、ヒカルの完全な制御下にある。悪夢のような状況を最も理解できるのは、数時間前に同じ状況に陥ったジーナだったろう。


「ヒカルさん、この攻撃は延々と続くから、はっきり言って地獄の苦しみですよ」

「相手が相手だから容赦なしね。あ、ジーナの時はもちろん、力の加減をしたよ。ほら、私って、筋金入りの穏健派だから」

 もっとも、相手にとっては穏健派どころか、過激派の攻撃だったことだろう。


 弾丸の嵐を受け続けたため、ビルはアスファルトに膝をついた。弾丸が命中する頻度と傷口の再生する速度が拮抗していたのだが、次第に前者の頻度が勝ってきたのだ。〈旧支配者の末裔〉は、ついに両手をついてしまった。


「ビルさん、そろそろ限界じゃない? どう、降伏しますか?」ヒカルが笑顔で語りかける。

 ビル・クライムは蜂の巣になりながらも、壮絶な笑顔を浮かべていた。


 一方、理市は河川敷グラウンドで、〈触手の王〉と激闘を繰り広げていた。

普段は野球やサッカーの練習や試合に使われるグラウンドだが、今は二頭の異形のためのバトルフィールドと化していた。


〈触手の王〉の最上は、理市と同様に、不死身であるらしい。その証拠に、失った触手の傷口はすでにふさがり、そこから新たな触手が出現していた。


 理市は〈鬼神刀〉を駆使して、懸命に攻撃をしかける。

「何が何でも、絶対にぶっ殺す」

「やってみろよぉ、犬飼理市っ」

 酔っ払いのような口調で、最上が挑発してくる。



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