第43話 異能大乱戦②


 最上は酔っ払いのような口調で、

「鬼ごっこは終わりだ。犬飼理市、望み通り踊り食いにしてやるよ」

「いやいや、せっかくだけど、そいつはキャンセルしたいなぁ」

 理市がコミカルなやりとりをしているのは、そうでもしていなければ、平常心を保つことができそうもないからだ。


 理市の身体は触手によって、倉庫の天井にぶつかりそうな高さまで持ち上げられている。おまけに数多くの触手に囲まれていて、それらはすべてサメのような獰猛な顎をもっている。獲物を喰らう瞬間を今か今かと待っているのだ。


 理市は心臓を鷲掴みにされたような気分だった。

「ちょっと待て、最上。俺には全然理解できないんだ。どうしてこんなことになったのか、せめて、あんたの口から聞かせろっ」

 そう言ったのは、時間稼ぎのためだ。理市は形振なりふりかまっていられなかった。


 最上は鼻で笑ってから、

「何だ、てめぇ、俺の話が聞きたいってか? 人間の頃から、身の上話を語る趣味はねぇよ」

「それだ、それっ。その身の上話を、ぜひ聞かせてくれ。どういう事情で人間をやめて、そんな身体になっちまったんだ。気になって気になって、死んでも死にきれねぇよ」

 本人を目の前にして、流石に「タコの化け物」とは言えなかった。


「一言でいうと、〈袖振り合うも多生の縁〉ってやつだ」

「ソデフレアウ、タショウノ? 何だぁ、それは。もっと具体的に頼むぜ」

「前世からの因縁といっちゃあ、新興宗教の寝言のようだが、この人のためなら俺は命を投げ出せるってぇ方と出会っちまったんだよ」

「誰だよ、それ。赤蜂会の組長か? 男が男に惚れたってやつか?」


「組長だ? あんなチンカス野郎はどうでもいいんだよ。いいか、犬飼理市、こいつは縄張りとか狭い島国の話じゃねぇ。誰もが予期せぬ第三次世界大戦、遅れてきたノストラダムス、人類滅亡のハルマゲドン。聞いて驚け、わが師匠は、地球の覇権を奪うことを目論もくろんでいるんだよ」


 いきなり予想外のトンデモ話だが、最上は真顔で言ってのけた。熱のこもった独り語りは、理市にとって好都合である。


 最上は滔々とうとうと語り続けた。要約すると、彼の師匠は金髪のアメリカ人で、ビル・クライムというらしい。ビルの正体は突き詰めれば、『クトゥルー神話』に登場する魔術師エイボンであり、旧支配者と呼ばれる古き神々と精神的交流を繰り返して、彼らの能力を受け継いだ〈旧支配者の末裔〉である。

 さらにビルは現在、ヒカルと戦闘中なのだが、もちろん理市には知る由もない。


                   *


 その頃、眼球自動車は荒川河川敷沿いの通りを走っていた。


 ヒカルは無免許ながらクラウンアスリートを乗りこなし、フルスロットルで疾走しているのだが、生身で走っているビルを振り切れない。時速100キロメートルで走ることができるのは、〈旧支配者の末裔〉ならではのスキルといったところだろう。


「ヒカル、もっと真剣に逃げてくれ」

 求丸は助手席にしがみついて喚いている。

「言われなくてもやってるよ。慣れない運転、頑張ってんじゃん」

 急ブレーキに急カーブ、急発進を繰り返し、懸命にビルを振り切ろうとする。

だが、ビルは笑顔を浮かべたまま、やすやすと眼球自動車を追い回してくる。


「このぉ、しつこい男はもてないよぉ」

 ヒカルは急激なUターンを試みる。逃走から攻撃に移ろうとしたのだが、勢いあまって横転しそうになる。眼球自動車のスピードがゆるんだ瞬間、ビルの生身の蹴りが襲いかかってきた。


「わわわーっ」

 眼球自動車は横転して、雑木林を突っ切りながら斜面を転がり落ちていく。

 行く手にあるのは町工場の密集地帯であり、本来なら大惨事は必至である。

 だが、眼球自動車の中のヒカルは、「してやったり」とほくそ笑んでいた。


「ほらほら、いっくよーっ」

 眼球自動車は態勢を立て直し、錆の浮いたガードレールを突き破って、高々とジャンプした。


                  *


 その数分前、スカーフェイス最上の語りは佳境に入っていた。

「というわけで、俺の振る舞いは、ミスター・クライムの眼鏡にかない、暴力団風にいうと、兄弟の盃をいただいたわけだ。実際にはオープだったがな」


 最上によると、オープとはグレープフルーツほどの、光り輝くボールだったらしい。そのオープとやらを体内に植えつけられて、最上はめでたくタコの化け物になり果てたわけである。

 どこかで聞いたような話だ。考えるまでもない。〈響き眼〉を植えつけられた理市自身の状況にそっくりだった。


 神様と悪魔のどちらに近いのかわからないが、つくづく人間に無茶なことを強いる連中である。双方は反目しあっているというが、理市には同類にしか見えない。人間をまきこまずに、異形のもの同士、勝手に戦ってくれたらいいものを。


 理市がそんなことを考えていたら、両足に激痛を感じた。痺れを切らした触手の顎に、爪先をかじられたのである。時間稼ぎもそろそろ限界らしい。 

「おう悪い悪い、話が長くなるのは俺の悪い癖だな」最上も一本の触手の盗み食いに気づいた。「そろそろ、犬っころの踊り食いを始めるとしよう」

 そう言って、右手を上げた。下に振り降ろすと、〈お預け〉は解除である。


 だが、その前に突然、爆発音が倉庫内に響き渡った。倉庫のシャッターを突き破って、鉄の塊が乱入してきたのだ。



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