第28話 女性襲撃者②


 理市は直感した。これは石礫ではない、もっと厄介なものだ、と。

「おい、もしかして、俺たちは銃撃を受けているのか?」


「俺たちじゃない。狙われているのは、私だけ」ヒカルは溜め息を吐く。「町中では襲ってこないと踏んでいたんだけど、ここは格好の場所というわけか」

「何をゴチャゴチャと言ってる。ヒカル、早くここから離れるっキュー」


 ヒカルは素直に、求丸のアドバイスを聞き入れた。くるりと背中を向けると、さっさと立ち去っていく。理市に関しては、すっかり興味を失ったようだ。その後もしばらく銃声は続いたが、ヒカルが暗闇にまぎれると、それもあっさり止んだ。


 襲撃者の狙いがヒカルあることは間違いなさそうだった。いつのまにか、辺りの気温が上昇していた。ヒカルが立ち去ったので、ドーム状の皮膜〈壁包〉も消えたのだろう。


 一人とり残された理市は、クスノキの根元に座り込んでいた。脱力感と不快感は相変わらず続いている。何者かの足音が近づいてきたが、立ち上がることすらできない。


「おい、大丈夫か?」

 理市が顔を上げると、長身の女性が目の前に立っていた。


 黒のライダースジャケットとレザーパンツが身体にフィットして、しなやかな体躯を浮かび上がらせていた。バランスのとれた伸びやかな四肢をしている。涼し気なショートカットと相まって、まるでアスリートのようだ。


 エキゾチックな風貌は、外国人モデルのように見える。その切れ長の大きな眼は、理市を睨んでいた。明らかに殺気を孕んだ顔つきである。

 まさか、この女が撃っていたのか? ヒカルを狙って? 何が目的だ? 警察じゃないし、ヤクザでもない。堅気でもなさそうだが……。理市は素早く、考えを巡らせる。


「何とか言えよ」

 ライダー女のセリフは常にワンセンテンスだ。無駄口を叩かないタイプらしい。

「ああ、大丈夫だ。しっかり生きている」

 脱力感と不快感は半端ないが、理市は男の意地とやせ我慢を優先した。


「それはよかった」

 ライダー女の右手がスッと持ち上がった。ゴツゴツとした拳銃が握られている。ジェリコ941、イスラエル製の自動拳銃。通称「ベビーイーグル」。ヒカルを銃撃していたのは、やはり彼女だったのだ。


「答えろ。今しがた、アンノウンと話していたな?」

「アンノウンというのは何だ? ヒカルのことか?」


「あの女は化け物だぞ。人間みたいな呼び名はよせ」ライダー女は吐き捨てるように言った。

「おい、あんたは一体なんだ?」


「質問しているのは、こっちだ」

「とりあえず、物騒なものを下げてくれ。美女には似合わない代物だ」

 理市は微笑んでみせたが、ライダー女の冷笑をかっただけだ。


「その美女を喜ばす情報はないのか? アンノウンと貴様の関係は?」

「ノーコメントといったら怒るか?」

 銃声とともに足元で土煙が上がった。理市は慌てて、両手を上げる。


「何だ、冗談も通じないのかよ。乱暴なヤツだなぁ。ヒカルとはさっき、三年振りに会ったんだ。あいつの情報なんざ、何も持ち合わせていない」

「ふん、だろうな。貴様には元々、何の期待はしていない」

 だったら訊くな、と言いたいところだが、理市は自制した。


「教えてやろう。アンノウンの見かけにだまされる男は多いだろうが、あれは〈歩く災厄〉だ。関わった人間は皆死んでいるらしい。貴様も例外じゃない。その身体は遠からず朽ち果てる」

「そうかい。だとしても、俺はこの世に未練はないね」

 理市は肩をすくめて苦笑するが、彼女の表情は変わらない。


「ふん、時間を無駄にしたな」

 ライダー女はあっさり理市に背を向けて、軽やかに立ち去っていく。おそらく、ヒカルを追っていくのだろう。一体、何者なのか?


 理市はライダー女の正体に想像を巡らせる。日本語は流暢りゅうちょうだったが、イントネーションから判断して、やはり外国人なのかもしれない。荒っぽい威嚇射撃といい、ジェリコ941といい、海外の特殊部隊だろうか。


 理市の心に引っかかったものが、もう一つある。「貴様の身体は遠からず朽ち果てる」というライダー女の言葉である。脱力感と不快感が続いていることもあり、直感的に正しいと思ってしまったのだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る