第78話 分岐

 こうなってしまうと思う俺にできることはないように思える。

 少なくとも今のところは考え着かないので、俺は壁を頼って立ち上がり、そのまま壁伝いにルドックス先生が眠る部屋へ戻ることにした。

 壁を伝って数歩進むと、クルーブが勝手に俺の腕をとって肩を貸してくれた。


「ルーサー君はさぁ、あまり人に頼らないよね」


 頭が痛いのに、妙にまじめな顔でクルーブが話しかけてきた。

 今はそっとしておいてほしいけれど、珍しいことなので無視できない。


「そうでしょうか? いろんな人の世話になっています」 

「世話になっているだけで、自分から助けてって言わないよね。……なんで?」


 ややこしいこと聞いてくるなぁ。

 ずるずると少しずつ廊下を進みながら考えてみる。

 繰り返し脳を直接叩いてくるような痛みに思考がまとまらない。


「そんなこと……、ないと思いますけど」

「ならもっと頼った方がいいよ。さっきの魔法だって、僕に先に言っていれば、少しは魔力消費が抑えられたかもしれないでしょ」


 思いつきもしなかった。

 クルーブだってルドックス先生のことを『先生』と呼んでいるのだから、俺と同じように魔法を教わっている可能性はある。そうでなくとも俺のもう一人の魔法の先生なのだから、俺よりはまだまだ魔法に関する造詣が深いはずだ。

 聞けばよかった。さっきまでは一人で挑戦してみることが、今できることの全てだと思っていたけど、視野が狭くなっていたのかもしれない。


「聞けばよかったです、すみません」

「まぁ、聞かれても分からなかったけど」


 ……なんだこの野郎。それなら謝らせるなよ。

 ああ、でも、これから気を付けよう。一度思いついたことでも、もっといい手段がないか模索してみることは大切だ。


「あとさぁ……、ルーサー君も、イレインちゃんも、先生も、それにセラーズ伯爵も、なんで僕のことを疑わないのかなぁ?」

「何がです?」

「僕、スバリの相棒だよ? 今、悪いことしてるのってスバリだよ?」


 言われてみれば、当たり前にクルーブは俺たちの味方だと思い込んでいた。


「でも、スバリさんを追いかけるとき、一生懸命に動いてくれてましたし……」

「演技かもしれないじゃん」

「……クルーブさんにそんなこと出来るんですか?」


 俺の知ってるクルーブは、陽気で、負けず嫌いで、女性にだらしなくて、魔法に真剣な子供っぽい奴だ。陰謀や裏切りとつながるような印象は何もない。


「ルーサー君、結構僕のこと馬鹿にしてるでしょ?」

「してませんけど?」


 本当はちょっとだけしてる。

 むっとした表情のまま、クルーブはベッドルームへの扉を開いた。

 

「でも、クルーブさんのことは信じてます。ルドックス先生と同じくらいには」

「……ふぅん」


 部屋に入るとクルーブが俺を支える腕を外す。

 イレインが何をするでもなく椅子に腰かけてルドックス先生の横に座っていた。


 ひどい頭痛にも少し慣れてきて、壁に寄りかかり一息ついたところで、唐突に窓ガラスの割れる音がした。

 驚いて顔を上げると、覆面をつけた者が数人部屋の中に飛び込んでくる。


「スバリからクルーブに、こちらに手を貸せと伝言だ」


 おいおいおい、クルーブの怪しい言動がマジだったってこと?

 クルーブは襲撃者をじっと見つめて口を開く


「聞いてないけど」

「『賢者』を殺し、子供二人を回収する。そのままセラーズ伯爵の後を追い、人質を利用し説得を試みる」


 何言ってんだこいつら。

 ルドックス先生を殺して、父上を説得?

 父上を外まで連れだして、街でできないような話をするためにこんな計画を立てたってことか?

 誰が、何のために?


 魔法で撃退できるか?

 頭痛はあるけど、魔法が使えないほどに消耗はしていない。

 ただ、もしクルーブが相手方についたら、俺、何とかできるのか?


 横目でクルーブの様子を窺うと、その手には既に愛用の短い杖が握られていた。

 そしてその杖は手首だけでクイッと頭を持ち上げられ、覆面の男たちに向けられた。


 「烈風爪」


 呟くくらいの詠唱の直後発動する魔法。

 家財を巻き込みずたずたに切り裂きながら、いくつもの風の爪が壁一面を削り取って外へ消えていく。


 その魔法は、俺のことも、イレインのことも、もちろんルドックス先生のことも一切傷つけたりしなかった。

 代わりに、逃げ遅れた覆面の男たちの体はずたずたに切り裂かれ、血煙が崩れ落ちた建材の屑と共に空を舞った。


「僕、本当は貴族が嫌いなんだ。スバリも貴族が大嫌い」


 クルーブは油断なく外を睨みながら、呆然としている俺に話しかけてくる。


「でもさぁ、僕、ルーサー君のことは気に入ってるって、スバリにたくさん話してたんだ。スバリは僕とルドックス先生との関係も知ってるはず。……セラーズ伯爵は、スバリの相棒っていうめちゃくちゃ怪しい僕に、ここを頼むって言って頭を下げて出て行ったよ」


 外から馬の足音がして、何度か見たことのある騎士が数人、壊れた壁の向こうから姿を現した。


「何事だ、これは……!」

「襲撃があったから撃退したよぉ。ルドックス先生、寝込んでるから守ってあげてください。僕は逃げ出した襲撃者を追いかけるから」

「え、いや、この場の状況の説明を……」

「もうしたよ。後のことはええっとぉ、そこにいるイレインちゃんに聞いて。……僕はスバリを追いかけるけど、ルーサー君はどうする? 頭が痛いならここで待っててもいいけど」


 なんだこいつ……、きりっとした顔してさ、かっこいいじゃんか。


「行きます」

「そっか、じゃあ一緒に行こう」

「待ちなさい、君たちの名前は。身分は。この現場の話を……」

「クルーブ=ウィード、探索者、邪魔しないで」


 壊れた壁面から外へ出ようとしたところで、肩を掴まれたクルーブが名を告げる。


「探索者のクルーブ? 【黒風こくふう】のか……。確かルドックス様の弟子、だったな」

「そうだよ。じゃあ、襲撃の犯人を追うから、そこをどいて」


 なんだそれ、二つ名? かっこよくない?

 怯んだすき早足で歩き出したクルーブの後ろに引っ付いて歩いていくと、しばらくして背中に声がかかる。


「あ、おい! 子供はこっちに残りなさい!」


 走り出すクルーブと、それを追いかける俺。

 途中でクルーブが唐突に口を開き、さっきの続きを吐き出した。


「だから、僕は君たちの味方をする。僕は、君の魔法の先生だ。僕は、なにも判断できず、スバリの言うことを聞くだけの子供じゃない」


 角をいくつか曲がるとすぐに声は聞こえなくなって、俺達はそのまままっすぐ街の北へと進路を定めるのだった。

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