第77話 ハイリスク
人を探す魔法。
手順は細かい部分を除けば想像通りだった。
そう言っても魔法で大事なのって実はこの細かい部分で、それが制御とかリスク減少とかを担っているんだと思う。
魔力を細く細くして、自分の周りにゆっくりと広げていく。
はじめは1本。それが地面に這わせてみる。
うまくいった。
2本、3本、増やしても問題はない。
自分を中心に蜘蛛の巣のように魔力の糸同士につながりを持たせながら広げていくと、なんとなく糸の上にある物のことが把握できた。そして部屋中にそれを広げたところで、魔力の糸はそれ以上先に進めなくなった。
……どうやって障害物を無視して進めるんだ?
あ、糞、この魔法前提条件で使えなきゃいけない技術がいくつかあるっぽいぞ。
駄目だ、やり方を切り替えよう。
無理に独自で何とかしようとするのが悪い。俺は魔法使いとしてはまだまだひよっこなんだから、ルドックス先生の真似をすることから始めるのが一番だ。
スクロールは魔力さえ込めれば発動する魔法の装置だ。もちろん魔法についての理解が浅いとその消費魔力は爆発的に増大するのだけれど。
それならば、まず俺がやるべきは、先生が街を模して作ったスクロールに魔力を流し込むことだ。
先生の杖を握って、床に広げたスクロールに向けて魔力を流し込む。
どのくらいの広さの回路が張り巡らされているのかわからないから、ゆっくり慎重に、少しずつ流し込んでいく。スタート位置は、先ほど先生がナイフをおいていた位置。
スクロールに描かれた円形の図形を街と見立てたのならば、そこはおそらくこの家の場所に当たる。
ここで焦ると魔力の流し込み過ぎで、回路が焼け焦げてスクロールの全てが壊れてしまう。
魔力を放出することは得意だし、繊細な操作もクルーブとの訓練で学んできたつもりだ。それでも先生の作ったスクロールを壊してしまわないように、少しずつ魔力を流し込むのは神経を使う作業だった。
ぼんやりと地図が光はじめる。
先生が使ったときは一瞬だったのに。
それが少しずつ広がり、スクロール全体に明かりが灯った。
なんとなく自分の意思とは異なって、魔力が消費されていく感じがする。
魔法を使うのってボールを上手に投げたりするのに似てるけど、今やっていることはコントローラーでラジコンを操作しているような感覚だ。
魔力という力を消費し続けることで、この魔法を発動させ続けている。
今のところまだ魔力を5%くらいしか消耗していないけれど、逆に言えばもうそれだけ消耗してしまったということにもなる。
回復する分を計算に入れても、そう長いこと魔法を維持することはできない。
そう考えると、ルドックス先生がいかに素早く無駄なく魔法を発動していたのかがわかってしまう。
ああもう、余計なこと考えてる暇はない。
これ、無理やり魔法を込めたら街の外にまで範囲を広げられたりしないだろうか。
できなくてスクロールが焼け焦げる可能性が高く、そうでなくても馬鹿みたいに魔力を食いそうな気がする。
やるか、やるまいか。
「ルーサー!」
ドアが勢いよく開けられて、集中していた俺は驚いて魔力をほんの少しお漏らしする。
ほんの少し、およそ1割程度。
その直後、体から一気に魔力が吸い上げられて、部屋中がぼんやりと光、輝いた。
その中でも特別光る一点を見て、俺はすぐさま魔力の供給を切り上げ、そこに礫弾を放った。
スクロールが明滅して、魔力が通る回路が壊れたのがわかる。
やってしまったという気持ちがあったが、それより先に俺は伝えるべきことを父上に伝える。
魔力の9割方を吸い上げられて、酷い頭痛に襲われたけれど、そんなことを気にしている場合じゃなかった。
「父上! このスクロールを街に見立ててください。ナイフのある場所がここ、あちらが北、礫弾が刺さっている位置が今スバリさんがいる場所です。先ほど見た位置からまっすぐ北へ向かっています。追えるのならばすぐに追いかけてください!」
「…………わかった、行くぞ!」
父上の表情が幾度か変わったけれど、やがて引き締まった顔つきになって、ついてきていた騎士らしき人たちに下知を飛ばした。
「ルーサーはここで待っていなさい」
「はい!」
足音がいくつか。
今更聞こえてきた馬のいななく声と、その足音が遠ざかる音。
父上なら、何とかしてくれるだろうか。
ジワリと額に浮かんだ汗が目に入った。
その場にしゃがみこみ目を閉じると、激しく鼓動する心臓の音が聞こえて、その鼓動が聞こえる度に頭にひどい痛みが走る。
あぁ、魔力枯渇だ。
久しぶりに感じてみると、覚えていたよりずいぶんとひどい痛みだった。
これが割としんどいから、魔力枯渇するなら一気に気絶まで行ってしまった方がいいんだ。
一瞬魔力を垂れ流してそうしてしまおうかと思ったけれど、気絶はしないって母上に誓ったし、このまま暫く安静にしていることにしよう。
あーあ、先生の作ったスクロール一つ壊しちゃったよ。
すごいものだったんだろうな。
本当はこんなにも魔力を使わなきゃできないようなことを、知識と準備で実現させていたのだから。
「……ルーサー君、めちゃくちゃな魔力の使い方したでしょ」
いつの間にか入ってきていたクルーブが、咎めるような言い方をしてくる。
「……しました」
「すっきりした顔して答えないでよ。駄目だよ、危ないから」
「うまくいかなくても気絶するくらいですから」
薄く目を開けて見上げると、クルーブがすごく悲しそうな顔をして俺のことを見ていた。
なんだよ、その顔。
「まあいいや、生きてるみたいだから」
ため息交じりの言葉は、いつものクルーブらしくなかった。
「……父上は、スバリさんに追いつくでしょうか」
「どうかな……、馬に乗っていたし……、追いつく、かもね」
追いついてほしいのかほしくないのか。
スバリと一番仲がいいクルーブの返答は、曖昧なものだった。
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