第48話 祭りの後

 王誕祭が終わった。

 陛下は順番に貴族の元を訪ねて、短く世間話をして回っている。殿下もそれについて回っているが、おまけでしかなく大人しくしていた。

 父上のところにも陛下はやってきたけれど、無難な会話だけして去っていった。殿下が俺に手を振ってるのを見て、一言仲良くしてやってくれというようなことは言っていたけれど、それほど印象に残る相手ではなかった。

 茶色のおひげはちょっと立派だったかな。いかにも王様って感じだった。


 今日も日が暮れてから馬車に乗って屋敷に戻る。

 貴族街にはところどころ光石の街灯があって、ほんのりと道が照らされている。王都に来た時街を見ていたけどそれらしいものはなかったから、これは貴族街に限られるのだと思う。

 物価とかには詳しくないけど、きっと光石ってそれなりの値段がするんだろうな。たまに交換しているみたいだし。


 サフサール君とイレインを送ってから屋敷へ入り、物音を立てないようにそっと母上たちの元へ向かう。扉を開けると、母上は起きて待っていたけれど、エヴァはすやすやと眠っているようだった。

 互いに手を振って挨拶を交わして、俺と父上はエヴァの顔を見に行く。

 仰向けに寝転がり、小さな指がぎゅっと握られている。かわいいなぁ、ちょっとずつ大きくなってきている。夜泣きとかもやっぱりあるみたいだけど、貴族だと家のことをやってくれる人がいるから、母上は割と穏やかに過ごすことができている。

 元の世界だと赤ちゃんの世話しながら普通に生活もしなければいけないっていうんで、ひどく疲れたりやつれたりしてる人もいたもんなぁ……。


 母上と父上は言葉を交わさないけど、お互いにねぎらい合っている雰囲気がある。俺はしばらくエヴァの顔をじっと見てから、両親に手を振ってそっと廊下に出て扉を閉じた。


 光石のランタンを持っているミーシャに連れられて、廊下を歩きながら話をする。


「来年は街にも出てみたいな」

「何でもない時に、護衛を連れて出ておくといいかもしれませんね」

「母上が許可を出してくれるかな」

「……ちゃんとお願いすれば大丈夫だと思いますが」


 答えがちょっと遅れたな。ミーシャももしかすると許可が出ないかもと思ってるらしい。

 俺まだ5歳だからなぁ、駄目なら駄目で仕方ないか。


「まだ少し先になるかなぁ。そうだ、そのうちさ、殿下がうちにいらっしゃるかもしれないからよろしくね」

「殿下が、ですか? 仲良くされていましたものね」

「うん、まぁ、仲良くしてたね。他の子たちもくるかも」

「すごいですね、ルーサー様は。イレイン様の時もですが、あっという間に皆様と仲良くなられます」

「殿下が声をかけてくださったからだよ。僕からは何も」


 イレインの時は特殊だったし、今回の仲良しは殿下がローズの攻勢に耐えながら仲よくしようって気持ちを持ち続けてくれたおかげだ。俺がやったことと言えば、ベルが投げた積み木を返してあげたことくらいである。

 その話で言うと、ベルだけは俺がきっかけで友達になったのかもしれない。

 勝手に懐いてきただけだけどさ。


「いえ、今まで他家の方々との交流があまりなかったのに、これだけの関係を作れたのは、ルーサー様がしっかりされているからですよ」


 そりゃあね、俺中身は5歳児じゃないから。まぁでも、ミーシャに褒められるのは好きだから素直に受け取っておこう。


「ありがとう。……そういえばさ、僕と同い年の貴族の子いっぱいいるよね。サフサール君くらいの年の人はあまり見かけなかったけど」

「ええ、そうですね。陛下がご結婚されたのをきっかけに、貴族の皆様はお子を作りになられますから」

「それで同じくらいの年の子が多いんだ」


 ……貴族って大変だなぁ。

 つまり自分の子供を次期権力者と仲良くさせたりくっつけたりするために、計画的に子供を作ってるってことだろう。

 もしかして俺もそうだったんだろうか?

 だとしても向けてもらった愛情を疑う気にはならないけれど、なんだか複雑な気分ではある。


 ……ちょっとまてよ。そうすると、イレインを俺の許婚にするのってなんか変じゃないか? うちとそんな約束をしたら、イレインが殿下と結婚する可能性がなくなってしまう。

 ウォーレン伯爵が、王家とのつながりよりも友情を取った?

 俺はウォーレン伯爵について詳しいわけじゃないけれど、サフサール君にあれだけ厳しい人が、そんなことをするようには思えない。

 ちょっとした違和感でしかないけれど、なんだか気味が悪いなぁ……。


「……イレインは、僕の許婚で良かったのかな?」


 部屋のベッドに腰を下ろして呟く。


「ルーサー様、安心してください。いくら王家と言えども、家同士の約束を破らせて横取りすようなことは滅多にありませんから」


 ミーシャはどう思うのだろうという疑問から発した言葉だったけれど、どうやらミーシャはそう捕らえなかったらしい。

 俺が、イレインを横取りされないか心配している、と捉えられたようだ。

 すっごく微笑ましいようなものを見るような温かな視線を頂いた。


「そうなんだ……」

「大丈夫です! ルーサー様はすごく魅力的ですし、イレイン様もそう思っていらっしゃるに決まってます!」

「うん、わかった、わかったよ、ミーシャ。ありがとう」

「ええ、ご安心ください!」


 ミーシャ、違うんだよ。

 俺はね、心配してるんじゃなくて、勘違いされたことを気にしてるんだよ?

 お互いに恋心とかそういうのはマジでないから、ミーシャこそ心配しないでほしい。


 いや、関係だけ言えば許婚なんだから、そっちの方が心配か。

 うおー、この関係本当にめんどくさいな! 俺このままの流れでイレインと結婚になるのは結構嫌だぞ……。

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