第20話 イレイン嬢の興味

 廊下に出るとミーシャだけが俺たちの後についてくる。

 多分イレインのおつきメイドもいるはずなんだけど、今回は招待しているセラーズ家に任せるってことなのかな?

 とりあえず親の目がなくなったところで、俺は握っていた手をそっと放した。嫌がっている幼女の手を握り続ける趣味はない。


 イレインは意外そうな顔をして俺を見る。

 なんだこの顔。判断があってたの間違ってたのかわからないぞ。女心はわからないけれど、幼女心はもっとわからない。

 ただ今までほぼ無表情だったイレインの表情が変わったから、めちゃくちゃバッドなコミュニケーションではなかったのかもしれない。


「イレイン嬢は普段は何をして過ごされていますか?」

「……本を読んでいます」

「奇遇ですね。僕も本を読むのが好きです。同じ年頃の子と遊んだことがないのでどうしようかと思っていましたが、まずは書庫にご案内しますね」

「わかりました」


 反応薄いなぁ。

 俺、知らない人の家の書庫見せてもらえるってなったら結構喜んじゃうけど。魔法のあるこの世界なら、見たことのない秘術書とか混ざってそうだし。

 いや、流石にそういうのは隠してあるか。うちの書庫にもないもんな。


 話が弾まないまま長い廊下を歩いていく。

 ミーシャはこういう場をつなぐのが多分上手だけれど、他家のお嬢様がいる場で気軽に発言したりできないのだろう。粛々と俺たちの後をついてきている。

 そういえばいつもは先導してくれるのに、今日は後ろにいるのな。俺が主導してるんだぞーってイレインに示してくれてるのかもしれない。細かな気遣いだなぁ。


 それにしてもさー、5歳児ってもっと騒がしくて馬鹿なものじゃないのか? やっぱり貴族の子だから躾とかしっかりされてるのかなぁ。俺はまだそういう教育あまり受けてないけど、ウォーレン家は厳しいのかもしれない。


 通り過ぎていく部屋の説明をしながら、大した雑談もせずにそのまま書庫にたどり着いてしまった。

 書庫の扉を開けると、薄暗い部屋が俺たちを迎え入れる。

 本を守るために、大きな窓には光を遮る分厚いカーテンがかかっている。

 毎日利用しているので埃っぽさはなく、かわりに古い本の匂いが際立っている。俺は好きだけど、嫌だって人もいるのかな。


 先に入ってカーテンを引き、窓を少しだけ開ける。

 今日は外も乾燥しているし、湿気の心配はないだろう。

 爽やかな風が吹き込んできて、書庫内の空気を攪拌し扉から抜けていく。


 扉は開けたままでもいいかな、気持ちいいし。


「気になる本とかありますか?」

「いえ、別に」


 なんだよぉ、さっき普段本読んで過ごしてるって言ったじゃんかよぉ。

 もしかして俺と話したくないだけか、この幼女。

 何が悪かったんだ? ルーサーの顔は悪くないと思うんだけど。

 やっぱいきなり手を触ったから? いやでも、あれそうやってエスコートするんですよってミーシャに言われたからやったんだよ? 母上もそれでいいって言ってたし。


 わかんないなぁ、この子。


 とりあえず童話と、騎士の物語。それから魔法に関する本と、国の歴史が書かれたものを取り出してテーブルの上に並べる。比較的背の低い、いつも俺が座っている椅子を引いて、イレインに声をかける。


「どうぞ、座ってください」


 イレインはもう一つの背の高い椅子をちらりと見てしばし考えてから、書庫の隅を指さした。


「私あそこでいいです」


 俺がいつも昼寝をしているスペースだ。マットとクッションがしいてあり、そこで本を読むこともある。

 でもいいのかなぁ。スカートとか皺になりそうだけど……。

 体に合う椅子が一脚しかないことを気にしてのことなのだとしたら、本当に大したものだ。多分俺は進められたら普通に座っちゃうぞ。


 俺はテーブルに重ねた本を持ってマットの上まで行くと、靴を脱いで座り、クッションを整える。


「ではこれを使ってください」


 イレインはもう一度背の低い椅子を見てから、諦めたように小さくため息をついてクッションへ腰を下ろした。

 マジで何が不満なのか全くわからん。態度悪いぞこの幼女。

 俺がお子様だったらすっごい嫌な気分になってるぞ!


「これは昔話、これは騎士とお嬢様の恋愛物語ですね。それからこっちが歴史の本で、これが魔法の理論が書かれた本です。気になるのはありますか?」

「魔法……?」


 きょとんとした表情をしたイレインは、年相応にかわいらしく見える。やっと興味持ってくれたか。

 にしても意外だな、魔法のこと知らないのか?


「はい、魔法です、読んでみますか?」


 こくりとうなずいたイレインに、あまり近づきすぎないように魔法について書かれた本を押しやる。

 あーよかった、一冊興味あるやつがあって。

 最初の三冊の説明をするたび、目が据わっていくからどうなることかと思った。気難しいなぁ。


 本を開いたイレインは、じっとその文字を目で追いかけ始める。その動きはひどくゆっくりではあったけれど、興味があるのか顔を上げる様子はない。かなり難しい言い回しをされているのに、普通に読み進めているのを見ると、普段から本を読んでいるというのは嘘でないようだ。


 まあいいか、俺も歴史の本読もう。

 この世界ダンジョンとか魔物とかいて、結構物騒なんだよなぁ。

 その割に周りの国と戦争したりしてるし、ちゃんと歴史とか各国との関係把握してないと後で痛い目見そうで怖いんだ。


 光石をはじめとする便利グッズとかもダンジョンで手に入ったりするから悪いことばかりじゃないんだけどね。

 探索者シーカーとか呼ばれてる職業もあるらしくて、もし貴族から追放されたらそれになろうかなぁとか考えてた時期もあった。男の子としてはさぁ、どうしても憧れちゃうよなぁ、そういう職業。

 探索者シーカー、めっちゃかっこいい。


 今となっては貴族の嫡子として、ある程度両親の期待にこたえたいから、そんなふざけたこと言ってらんないけどね。


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