第19話 悪そうな顔
タイまで締めた正装で、ウォーレン家の皆さんをお出迎えするらしい。
一際豪華な馬車の中から、ぬっとあらわれた男性は一目で武闘派と分かるような容姿をしていた。
グレーの髪をぴったりとなでつけオールバック。鋭い目つきをして、笑っているつもりらしい唇の形をしているが、左側しか持ち上がっていないせいで酷薄そうに見える。
極めつけに左目には眼帯だ。
悪そうな軍人さん書いてーっていったら、特徴の7割くらいは一致しそうな御仁だった。
よく見れば俺はこの人を知っている。
むかーし、父上とこそこそ内緒話をしていたその人である。
父上とどっちが悪そうかって聞かれたら、今はあちらに軍配が上がりそうだ。この間までの球体だったらいい勝負だったけどね。
「久しいな、オルカ」
「元気そうでなによりだ、プラック」
二人は歩み寄って男らしいハグを交わした。BとかLとかっぽさはまるでない。互いに背中を叩いて再会を喜んでいるように見える。
「この、随分と丸くなりやがって」
「これでも最近は少しやせたんだぞ」
「ははは、何の冗談だ? それ以上太ったら人じゃなくて球だぞ! 転がった方が早く動けるようになっちまう」
冗談じゃありません。この間まで球でした。
本当に仲がいいんだろう。父上の言葉も少し崩れていて、いつもより若々しく見えた。
おつきの人々がうちの使用人たちとせわしく情報をやり取りする中、家族同士の心温まる交流は続く。
いつの間にか母上に手を取られた俺は、そのままあちらの奥様の前へと連れていかれた。めちゃくちゃグラマラスな美女だ。歩くたびにおっぱいが揺れている。
「あら、元気そうじゃない」
厚めの唇が開くと、これまた何か企んでそうな微笑をたたえて夫人が言った。
「ええ、元気よ。ローナ、見て! この子がルーサーよ」
「挨拶の前に息子の紹介? 相変わらずね、あなた」
「お目にかかれて光栄です、ウォーレン夫人。いらっしゃるのを楽しみにしておりました」
上流階級の挨拶なんてさっぱりわからないけど、こうしたらいいと言われたことをとりあえずそのままやっておいた。5歳児なら許されるでしょ。そろそろ礼儀作法の勉強もしないといけないのかなぁ、めんどくさいなぁ。
「聞いていた通り聡明そうね。イレイン、挨拶なさい」
夫人に促されてすぐ横で澄ました顔で目を伏せていた少女が、初めて俺と目を合わせた。
あー、美少女だね、お人形さんみたい。
パーツパーツがどことなく両親に似ていて、将来迫力のある美人になること間違いなしだ。
父親譲りのグレー、というよりも銀色に近い髪はやんわりとウェーブがかかっている。目つきの鋭さは父親譲り、バッシバシのまつげと紫色の瞳は母親譲りかな。
ふんわりとしたスカートを指でつまんだイレインお嬢様は、それらしい所作で頭を下げてから口を開く。
「イレイン=ウォーレンですわ、お会いできるのを楽しみにしておりました」
……5歳児のスマートさじゃねぇな。
いや、俺が覚えてないだけで、普通の5歳児ってこんなもんなのかな?
だとしたら俺、神童としてやっていける自信ないよ?
「イレインさんもしっかりしてるわね」
母上の言葉『でもうちのルーサーの方が』という副音声が聞こえてくる。やめて母上恥ずかしい。ウォーレン夫人笑ってるからね、さっきから。多分その副音声、あの人にも聞こえてるよ。
ほどなくして大人同士の話が始まると、子供は蚊帳の外に置かれることになる。神童だなんだとか言われてようと、政治の話やお金の話などに混ざる権利はさすがにない。
屋敷の中に入って座ってもそれは同じだった。
黙って座っているのも仕事の内と思ってニコニコしていたが、いい加減表情筋が疲れてきた。
一時間もした頃、ようやく世間話に一区切りついたのか、ウォーレン伯爵が俺に目を向けた。
「おっと、随分と静かにしているから君がいるのを忘れていた。大人の話は退屈だろう?」
「いえ、大人になったみたいで楽しいです」
本当は退屈です。昔話を聞くのはちょっと面白かったけど。
「ははは、なるほど。しかしうちのイレインはそうではないようだ。悪いのだが、屋敷の中を案内して、一緒に遊んでやってもらえないだろうか?」
「はい、わかりました」
イレイン嬢ずっと虚空を見つめて静かにしてるから、退屈してるのかしてないのかわかんないんだよな。しょっちゅう座り直したり、きょろきょろしたりしてる俺の方がよっぽど子供っぽい。
「うん、いい返事だ。ルーサー君は魔法も剣術も得意なんだろう? イレインは女の子だから、何かあったら君が守ってやってくれよ?」
「はい!」
屋敷の中で危険はないけれど、偉い人の言うことはとりあえず元気よく返事をするものだ。
『子供は子供で遊んできなさい』は、直訳すると『大人にしか聞かせられない話があるから出てけ』である。というわけでミーシャを引き連れて俺は退散しますよ。
立ち上がってイレイン嬢の元へ向かい、手を差し伸べる。
エスコートするときはそうするんですよ、とミーシャに口を酸っぱくして言われていたからだ。
「屋敷を案内します、お手をどうぞ」
イレイン嬢は無言で俺の手の上に小さな手をそっと重ねる。
ぎりぎり振れるか触れないかくらいの重ね方だったけれど、俺はそっとその手を包んで一緒に廊下に出ることにした。
手を握ったとき、一瞬不満そうな顔したの、俺、見逃してないからな。
ちょっとショック。
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