第52話 『苦しめてごめん・・』

52


その日から同じ居酒屋で根米の仕事終わりを待って

一緒に酒を飲むようになり、一ヶ月もするとすっかり打ち解けて

昔のような甘い雰囲気になった。



 ただし、そう思っているのは彼女だけだがな。



「平日飲みで会うだけじゃなくて、たまには休日に

ドライブにでも出かけますか」



「わぁ~神尾くん連れてってくれるんだ。

 行くー行くー、絶対行くわぁ~ 早速今週とか?」


「いいよ、俺はいつでも。絶賛ニート中だからね」


 こうして俺たちはドライブに出掛けることになった。




 美しい紅葉が見られる季節でもなく寒いだけのドライブなのに

はしゃいで喜ぶ根米に醒めた上から目線の俺がいた。



 待ち合わせの駅に着いた俺は、予てより準備していた氷点下でも暖かい

極寒OKなダウンを着込んで根米を待った。



 ズボン下にはヒートテックの下着も履いてきた。



 少し遅れて車の前に現れた根米の装いは真冬にしては軽装だった。



 自宅から駅まではそう距離はなく、後は電車、車というルートな為、

お洒落重視な装いにしたのだろうけれど。



 おれにとっては好都合だった。



 根米がシートに座ると俺は言った。


「ごめん、今シートベルト故障中なんだ」


「あぁ、大丈夫よ。それに私、神尾くんの腕信じてるしね」



 待ち合わせは食事時を外し午後からにしていたので、

そのままドライブへと車を走らせる。


 俺が何度か下見していた道だ。



 計画通り俺は故意に山道のカーブで車を思い切りぶつけた。


 自分もろとも車ごとカーブ下の崖目掛けて真っ逆さまに落ちる

可能性もあったのに。



『きゃっ』という悲鳴と共に助手席の根米だけが開いたドアから

ぶっ飛んでいった。



 車はギリギリのところで踏ん張った。




 幸運の女神は今のところ俺に微笑んでいるようだった。



 俺は急いで車を反転させ元来た道に戻り、もう一度同じカーブのところまでそろそろと進んだ。



 そして俺も崖下に向けて車を進めた。



 上手い具合にソフトランディングできたようだ。


 流石にソフトといっても車一台崖下に落としたのだから

無傷では済まなかったが。



 さてと、窮屈だが仕方ない。


 一夜ここで俺は凍えることなく過ごした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る