スサノオの太刀 ~侍道中江戸学舎~

上野蒼良@11/2電子書籍発売!

第一幕 新侍世界

 ──時は、元治元年(1864年)7月8日亥三つ時(22時過ぎ)。京都の町は夜の闇に包まれていた。木造の建物が建ち並ぶ江戸時代の京都の町──江戸の三都と呼ばれたこの町の……三条と呼ばれる場所には、池田屋という普通の旅籠屋があった。



 旅籠屋とは、江戸の時代に登場した宿泊施設の事をいい、この日も池田屋には宿泊客が泊まりに来ていた。しかし、そんな中……事件は起こった。


 深夜、京都を見回っていた新撰組。この時代、日本各地では尊王攘夷派と呼ばれる人々による怪しい動きが多く、幕府と人々の信頼関係も落ちていた。それこれも……全ての原因は黒船の来航が原因であった。欧米列強の屈する事しかできなかった幕府の姿を見た人々は、幕府への不信感を募らせた。



 各地で反旗を翻そうとする者達が現れる中、幕府は特に天皇家や貴族に最も近く天皇の力を信じている人々が多く住む京都に目をつけ、京都を見回る組織を結成した。



 新撰組もその中の一つ。現代でいうところの警察組織の役割を持っていた。そんな新選組が池田屋に訪れた所から起こった事件が……後の池田屋事件である。



 見回りをしていた新選組の志士達と池田屋にいた尊王攘夷派が激突し、とんでもない戦いになった。






 その戦いの最中、次々と倒れて行く部下の侍達が散っていく中で……新選組の若き志士……沖田総司は、血みどろの室内の中で……1人、刀を杖のようにして立ち上がりながら目の前に立ちはだかる攘夷派の志士の姿を睨みつける。その侍は、高らかに笑って沖田に告げる。



「……よもや、新選組もここまでですかのぉ。時代遅れの幕府なんぞ守ってこの世を去るなんぞ……愚の骨頂ですなぁ……」




 沖田の周りには、次々と倒れて行く仲間達。その様子を見て……沖田は、ゆっくりと口角を上げて、笑うのだった。





「……何がおかしい?」


 攘夷志士が、全身汗と血だらけで満身創痍の状態にも関わらずまだまだ余裕そうに微笑んでいる沖田を見て苛ついた感じに問いかける。沖田は、笑っていた。






「……いいや。主君に仕える事こそが本来侍にとっての誇りであり自信……忠義こそが全てであったはずのお侍様も……堕ちた者ですなぁ」





「……なんだと?」




「……私達新選組は、百姓や下級武士の家の者。貴方方よりも……下の身分であるが故……よもや、この国の未来は……どの道真っ暗でしょうなぁ」






「……くっ、貴様ァ!」


 攘夷志士は、沖田に怒鳴りかけたが……しかし怒り出す直前に冷静になった志士は、沖田の事をもう一度嘲笑うかのように告げる。




「……だが、お主がいくらここで何か言おうが……どうせ死ぬ運命。新選組もこれで終わりというわけですなぁ……」




「……いいや。まだ終わっちゃいない」





「何!?」



 刹那、沖田は懐から黒い何かを取り出した。それを見た攘夷志士は、一瞬何がなんだか全く理解できない様子だったが……沖田は、そんな志士にその黒い箱のようなものを見せる。沖田が見せてきた黒い箱のようなものは……印籠。真ん中には、桜の花が描かれた丸い家紋のようなものが描かれている。一瞬何を見せられているのか分からない様子だった志士だったが、彼はすぐに高らかに笑い出すのだった。




「……なんだ! それは! 下級武士のくせに……水戸黄門殿にでもなったつもりかぁ! はははははは!」



「……良いのか? そんな余裕ぶっこいてて……コイツが何かまだ知りもしないくせに……」




「何?」


 沖田は、不敵な笑みを浮かべながら……徐々に目を閉じる。そして、印籠に内なる力を込めると……彼の持っている印籠が輝きだす。それに驚いた攘夷派の志士。彼は、何かを思い出したかのように沖田に語り出す。



「……その印籠…………噂には、聞いていたがまさか!?」



「その通り。文久元年(1861年)、和宮内親王様と将軍殿が婚姻をかわした日。……公家と武家が1つになったあの日。私達は、両家の和平の結晶たるこの印籠を受け取った。……本当は、近藤さんが使う予定だったけど……あの人に危険な賭けはさせたくない。俺が……あの人の分まで背負う!」




「……良いのか!? 貴様、まだ若いのに……その印籠の力を使えば……寿命を大きく削る事になるそうじゃないか!」



「……ふっ、組長に無理させる位なら……俺一人苦しみゃそれで良い。この力で……俺は……」




 沖田は、この刹那輝きを増し続ける印籠を自分の胸に勢いよく近づけていく……。そして、まるでこの後……死んでしまうのではないかというくらい苦しい悲鳴を上げる沖田……。











 この後、池田屋事件は新選組の勝利で幕を閉じる。しかし、この事件をきっかけに一番隊隊長、沖田総司は……重傷を負い、表舞台に立っての戦闘は、少なくなっていった……。




 歴史上、この時に結核を発症したと言われており、その影響で戦闘ができないくらい体がボロボロになってしまったという。







 だが……それは、果たして真実なのか……。天才剣士、沖田総司は本当に結核で倒れたのか? 











 ――時は、現在。江戸三鷹町の一件の家の中にて……。和風の邸宅の中で和服を着た1人の男が家族に別れを告げる。


「……それじゃあ、行ってくるね。母さん」



「えぇ、いってらっしゃい! 気をつけてね! それから、頑張って来てね! 学校」



「……あぁ、行ってくるよ。俺達の無明剣がどれだけ通用するのか……一人前の侍を目指して頑張って来るよ母さん」



「……無理はしないでね。蒼汰」



「……あぁ、ありがとう。翠の事……よろしく頼んだよ。母さん」



「えぇ……」


 それから、蒼汰と呼ばれたその男は、出て行った。彼は、黒い着物に身を包み、その手には鞘の中に納まれた日本刀を持っている。そして、また……彼の手首には桜が描かれた印籠がぶら下げられている。長い黒髪を後ろで結んだ美しい顔立ち。



 彼は、スマホを和服の懐から出すとその画面に映る画像を見つめる。そこには……一人の幼い女性が具合悪そうに……しかし、笑って微笑んでいた。




 ――行ってくるぞ。翠……。




 彼のスマホの画面に映る時刻は、午前7時半。日付は、2023年4月5日。……桜の花びらが舞い散る中、1人の少年が新たな舞台へ旅立って行く……。












 これは、歴史の闇を生きた一族。その……現当主たる1人の少年が一人前の侍を目指す青春の物語。








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