三十二話 駒

それに自我が芽生えた時、目が覚めると暗い奈落の底に投棄されていた。誰もいない…空っぽの器。胸にあるのは、誰かが残していった何かに対する怒りだった。


そんな誰かも分からない感情で少しずつワタシが押しつぶされていく。そんな地獄から解放してくれたのが…お姉ちゃんだった。


『誰が何と言おうと、あなたは…◾️の愛する妹です。それ以上でもそれ以下でもありません。』


色んな神に馬鹿にされる度に、何度もお姉ちゃんにそう言われて励まされて…でも。知ってたっす。


ワタシは人間でも…ましては神様でもない。


ただの————。


(分かってたっす。ただ、そこから目を逸らしていただけで…はぁ。認めるっす。)


「……な!?」


雷撃を放った女性が驚く中…自然とボサボサの青い髪は白く染まり、その瞳は灰色に変わる。


「厄子さん…一体あなたは」


無駄なのに転移でワタシを飛ばして庇おうとした『臆病者』…否、神崎さんを側に寝かせてから呟くように言った。



「ワタシは…ただの残骸っすよ。」



……漸く成ったか。そろそろ、動こっかな☆



「あ…有り得ねえ。」


俺が放てる100%の出力で放った『雷撃』を…それも無傷で、餓鬼を庇いながら片手でいなしやがった。


それにこの気配。戦ってはいけない…戦った所で負けてしまうような気分にさせられる…あの小娘とはまた違った……


「おい…名前、教えろ。」


「…貧運 厄子。名前も、何もないワタシにお姉ちゃんがつけてくれた名前っす。」



——さっきも言ったっすよね。



瞬間、俺の右腕が勝手に爆ぜて思わず叫ぶ。


「…うるさいっすよ。」


「…っ…ぁ……ぅ…」


左腕で雷撃を放とうとするが、まるで俺の周辺の空間が固定されたように突如、全く体が動かせなくなった。視界が真っ暗になり呼吸も、脳での思考すらも……止まって…停止して——


グシャ———っと…潰れた音が聞こえた。


……


体があまり動かないなりに、雷神の末路を見届けながらも、この崩壊した遺跡以外の場所の空間が消失したという事実を飲み込みきれずにいると、それをした張本人がはにかみながら僕の元へと戻って来た。


「うへ…見苦しい姿を見せちゃったっすね。」


「……。」


「や、やっぱりドン引きっすよね…こんなワタシがその…暴力なんて…」


『雑魚』に…攻撃手段がない?我ながら馬鹿な話だ。確かに、厄子さんは生物を殺せない。でも直接見て…確信した。


厄子さんは『剪定者』とか関係なく、空間を…世界を破滅させる事が出来る存在。


その正体は、恐らく神でもなければ人でも精霊でもない。昔、偶然手に入れた古書に書かれていたかつて存在していたとされている…『◾️様』と呼ばれた肉体の成れの果て。


雷神は、発生した世界の消失に巻き込まれたから滅ぼされたと分かり納得して…いつまでも無言でいる僕に対しておどおどと戸惑っている厄子さんに声をかけた。


「…助けてくれてありがとうございます。」


「ふぇっ、そんな事ないっすよ!?」


「まあそれは兎も角。これからどうするんです?」


僕は首を傾けて、消失した世界を眺めた。


「う、う〜ん。決まってないっすね。ワタシ…世界を滅ぼせはするっすけど、治すのはちょっと専門外で…」


「『剪定者』としては立派だと思いますよ。裏切り者の僕が言うのもアレですけど。それにその力…少し、羨ましくはあります。」


「えぇ!?神崎さんのその…『転移』も凄く便利だと思うっすけど。生まれつきというかワタシ、魔法や権能だけは効かないんすよね。だからあの時、神崎さんがした事は…その」


「なるほど…経歴からして、そうだろうなとは思ってましたよ。」


「こっちが怖くなるくらい納得するの早いっすね。ワタシも神崎さんみたいに頭脳派になりたいものっすよ。」


瞼がゆっくりと、閉じていく…


「たとえ裏切り者でもワタシは今までの…神崎さんの罪を許しますっす。お姉ちゃんみたく出来ないっすけど。それでも…」


「………」


「……目。開けて下さいっす。」


泣きながら祈ったその願いは、果たされる事もなく。『臆病者』は静かに息を引き取った。



……パチパチパチ



拍手の音で振り返れば、黒い軍服を着た男が布を巻きつけた包丁とドス黒い鞘を持ってこちらへと歩いて来る。


「『漂流者』さん…?どうしてここに、」


「やっとだ。君が覚醒するこの時をどれ程、待ち望んでいたか。君には分かるかい?」


「何を言ってるのか、分かんないっすけど…ロネさんは無事っすか?」


「『女帝』ちゃんとは、色々あってね。死に体なのに君を助けたいってしつこく言ってたからさ…」



——ちょっと動けなくしといたよ。



その言葉で反射的に、『漂流者』さんの周囲の空間を破壊しようとするが…避けられてしまう。


「ぇ…速っ!?」


「おいおい。マジになるなって♪私は肉体派じゃないんだぜ?それに、君はワンパターン過ぎるよ。幾ら、世界を滅ぼせるとかいう規格外の力を持っていてもさ…」



——私を補足出来なきゃ…意味ないよね?



瓦礫を駆使して縦横無尽に高速で動き回る『漂流者』にワタシは…ふとある策を思いつく。


(私が立っている場所以外の世界を消せば…)


確実に勝てる…けど。神崎さんを巻き込んでしまう。それは……嫌だ。でも……


「………ごめんっす。」


自分の足場以外の世界を抹消しようと決意をした瞬間…背後から私の首を包丁が貫いた。


「『終末装置』である君の対策として『女帝』ちゃんが持っていた『罪業払拭大罪は拭い去るもの』を私が真似して作ったレプリカと…この鞘は、君を封じる為に借りて来たんだ〜2つとも対神用に作られたらしいし、結構効くっしょ?」


ワタシが反応する前に包丁が引き抜かれ、そこに鞘がねじ込まれた。


「ぅぅぅ…!?!?」


「鞘から結界が肉体の内側を巡って発生していても爆ぜないか。流石…不朽不滅の肉体。それとも世界を滅ぼす力で無理矢理、結界を破壊して抑えているのかな?私としてはそっちの方が好都合だ。こうなった君は、力は使えないただの『雑魚』に成り下がるんだからさ。」



——私の欲しかった一つ目の駒ゲットだぜ☆


「よし!そろそろ本格的に、あの世界にある奴を探そうかな。もう一つは…まだ手がかりが全くないから…ボチボチかなぁ。」


(ロネさん……やまね…さ)


笑い声が聞こえる中、ワタシの意識はブツリと途切れた。



              《第二部完》






























































































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