番外編 三馬鹿と温泉旅館

※これは本編とは関係ない番外編となります。ご了承下さい。


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「…いやぁ、着いたねやまねちゃん。」

「うん、ここが『温泉旅館 甘奈あまな』かぁ。」


六月下旬の某日の昼、地元からバスや電車で乗り継いで約6時間。谷口とやまねは温泉旅館の前にいた。


「聖亜くん、そろそろかな?」


谷口はスマホを見る。


「んー、時間的に後少しで来るはずだけど、まあどうせ迷子になってるんだろうなぁ。」

「っ!た、谷口くん、後ろ…」

「どったのやまねちゃん?そんな顔して。」


やまねが慌てた表情をしていた。


「はっはー。まだ山崎君なんて何度も言うけどどうせまだ適当な場所で迷子だろうさ。そんな事言って私をびっくりさせようとするなんて、本当に可愛いんだから。もし今山崎君がいたら殺されちゃうね。まあ、いないんだけど。(笑)」


そう言いながらも一応、谷口は後ろを向いた。


「よお、谷口。」


…そっとやまねの方を見た。


「……ほら、居なかったろう?」

「っ!?いるぞこの野郎!見なかった振りをすんじゃねぇ!!!!!」

「あっ待って…ぼぎゃあぁあ!?!?」


谷口を山崎が折檻する。その数分後、山崎はやまねを見る。


「…久しぶりだなやまね。何とか来れたぜ。」

「一週間前から、聖亜くん学校休んでたから心配したんだよ?」

「…悪いな、事前に現地に行くのを言うの忘れてたぜ。途中で気づいたんだが、その時の俺のガラケーが電池切れでな。」

「そうだったんだ。」

「おい、いい加減に起きろ谷口。チェックインするぞ。」

「……君がこうした癖によく言えるよね。」


谷口が渋々起き上がる。


「谷口くん…大丈夫?」

「……あぁ〜やまねちゃんは優しいねぇ、どこかの誰かとは違ってさ。」

「そいつが誰なのかは知らねえけど、それがもし俺なら……分かるよな。」

「ちょっと何言ってるのか分かんないから、私がチェックインして来るよ!」


谷口が旅館の中へ急いで入って行った。


「…俺達も行くか。」

「うん。」


二人も谷口に続いて、旅館の中に入る。


「うわぁ〜和風だね、聖亜くん。」

「照明が紙細工なのもいいな。内装も悪くない。」


ロビーの中でそんな話をしていると谷口と旅館のスタッフらしき女性がやって来る。


「……二人とも、部屋の準備が出来たってさ。旅館のスタッフ君が案内してくれるそうだよ。」

「スタッフ君って…おい谷口、それは流石に失礼なんじゃないか?」

「す、すみません。決して悪い人じゃないんです。谷口くんは誰でもいつもこういう事を言っちゃうんです。」

「山崎君はともかくとして、やまねちゃん!?私をフォローしてるつもりなのなら、的外れも良いところだよ!?!?」

「……ふふっ。」


三人は同時にスタッフを見る。その反応を見て、慌てた表情になった。


「っ、申し訳ありません。つい笑ってしまいました。」

「…別にいいんじゃねえの笑っても。そっちの方がいいと思うぜ。」

「聖亜くんと同意見です。」

「まあ、無表情でも怖いからねぇ、接客業はさ…じゃあ気を取り直して、部屋の案内を頼むよ。」

「!はい、かしこまりました。」


そうしてスタッフは旅館の説明をしながら三人を連れて3階の端の部屋へと向かった。


「…こちらが部屋になります。」

「「おおっ!!」」


やまねと山崎が同時に声をあげた。そこには和洋折衷な綺麗な内装が広がっている。


「聖亜くん、ソファーだよ!?校長室くらいでしか見た事ないから新鮮だね!」

「ハッ…やまね、そんな事で驚くな……って、これはまさか…ベットか!?しかもこんなに布団が柔らかいぞ…おい、谷口!お前も何か反応無いのかよ?」

「え、いやぁ…まさか君達がここまでの反応を見せるとは…予想外だったなぁ。」


(まあ、二人の家庭環境を分かってはいたんだけどねぇ。やまねちゃんは武家屋敷で暮らしてて洋風な物には縁が無いのは最初から知ってたし、山崎君に関しては…ははっ。)


そんな事を思いながら、谷口は二人が低レベルの会話をしながら楽しんでいるのをただ茫然と眺めてつつ、椅子に座ってスタッフの話を聞いていた。


「…では、案内は以上となりますが何か質問はありますか?」

「無いさ…なんか今日はごめんね。私の連れがこんな感じの二人で。」

「!いえ、そんな事はありません。では一泊ではありますが、ごゆっくりしていって下さいね。」


そう言ってスタッフは部屋から出て行った。

谷口は後ろを振り返る。


「…盛り上がってる所水を差すようで悪いけどさ、そろそろ荷物とか置こうぜ二人とも。私はもうとっくに置いたし、スタッフ君ももう帰ったしさ。」

「っあ、ごめん谷口くん。ついはしゃいじゃって。」

「…それもそうだな。」


やまねと山崎はそれぞれ荷物を置いた。

谷口はクローゼットを開ける。


「…おっ、あったあった。はいこれ、君達の浴衣だよ。」

「ああ、ありがとな。」

「…谷口くん、これ女性用なんだけど……。」

「んじゃ、俺は先に温泉に行ってるからな。」


やまねが綺麗な藍色の浴衣を見て戸惑っていると、山崎は部屋から出て行った。


「じゃあ、私もう行くから後よろしくね〜。」

「…っ!?谷口くん!」


谷口は部屋のドアを閉めて、るんるんと部屋から出て温泉へと向かった。脱衣所に入り服を脱いでいる時に浴場の扉が開いた。


「…早くないかい山崎君。まだ10分も経ってないよ?」

「ああ?最初はこんなもんだろ。」


山崎はバスタオルで体を拭いている。


「…相変わらず君は筋肉質な体をしてるよね。」

「お前は細すぎだろうが。やまね程じゃねえけど、もっと筋肉をつけた方がいいと思うぜ。」


そして薄い黒色の浴衣を着た。


「じゃ、また30分後にまた入りに行くぜ。」

「山崎君…これ別に競技じゃないんだよ?」

「一泊だけなんだ。温泉旅館で温泉に沢山入らないと勿体無いし失礼にあたるだろ?……目標は20回以上だ。だからお前も、」

「…あはっ、そっか!先に言っとくけど、私は付き合わないから勝手にやってくれると助かるなぁー!」


山崎の言葉を露骨に遮って、谷口は浴場に入る。


「…ふーん、普通のやつは勿論、炭酸風呂と硫黄風呂、寝風呂、それに露天風呂やサウナと水風呂もあるのか。事前に知っていたとは言え、いいラインナップだね。」


体をちゃんと洗ってから、まずは普通のやつに入った。


「ふぃ…いいなぁ、温泉は。」


感慨に浸っていると隣に誰かが入って来る。


「…やまねちゃんかい?駄目だよ、ここは男湯なんだからさ。」

「は?やまねじゃねえよ。」


声で察した…でもありえない。


「や、山崎君…また入って来たのかい。まだ30分も経過してないよ?」


「そうだな。でもよく考えたらこのペースじゃ目標まで辿り着かない事に気がついたんだよ。」


「…ちなみにやまねちゃんはまだ部屋にいるの?」


「いや居ねえけど。浴場にいるんじゃねえのか?」


「さあね。じ、じゃあ私は他の所に…」


「谷口!水風呂行こうぜ!!まだ入ってねえんだよ。しかも温泉旅館の水風呂なんだ。きっと俺の家の奴よりも凄えに違いないぜ。ていうかさっきも行ったけどよ、何か他の客が誰もいないんだよな。だがこれは逆にチャンスだと思わないか?」


「いや、人にはそれぞれペースっていうのがあってだねえ。後、水風呂はどこでも結局はただの水風呂だよ。」


「知るかそんなもん、さあ俺に着いて来い。最高の時間にしてやるから。」


「え待っ…離して…い、嫌だぁあああ!?!?!?」


人生初の温泉旅館でテンションが上がってる山崎と共に、谷口にとっては地獄の温泉巡りがここに始まった。


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一方、やまねは女湯の脱衣所にいた。


「…どうして、こんな事に。」


———二人がいなくなってからまずやまねがした行動は、浴衣を男性用に変える為に受付へと向かう事だった。


そこで受付の人にその旨を伝えた。だが……。


「受付時、あなたは女性だと聞き及んでおりますが……。」


(た、谷口くんっ!?)


内心驚きながらも、冷静に答える。


「…ですけど本当は…男ですよ?」

「仮にお客様が男性だったとしても、サイズ的にこの旅館の中ではこれしか替えがありません。」

「…えっ。」

「…ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」


深々と受付の人は頭を下げた。


「っ頭を上げて下さい!………無いならこれでいいですよ。」

「…ほ、本当ですか!?」

「僕が我慢すればいいだけですし…でもこの浴衣を男湯で着るのかぁ。」


(確実にあの二人に何かしら言われるんだろうな。)


そんな事をぼんやり思っていると、受付の人から予想外の提案をされた。


「…では、特別に今日だけ女湯を利用しても構いませんよ。」

「…っ!?いや、でも…流石にそれは……。」

「これは我々スタッフ側のミスですから。それに、心配しなくても今日女湯を使う人は誰も居ないので大丈夫ですよ。」

「でも、明日の着替えをここで着れば…」

「それはいけません。浴衣を着てこそ、温泉旅館というものでしょう?」

「は、はあ。」


スタッフの勢いに負けて、仕方なく行く事になり、現在に至る。


「…ここで立ち往生しててもどうしようもないよね。」


自分にそう言い聞かせながら、服を脱いで浴場に入り、体を洗った。髪が長いせいで少し手間取った。


(…あっ、硫黄風呂だ。室内にあるなんて珍しいな。)


そう思いながら、湯船に浸かった。


「あ〜〜」


つい声が漏れる。長旅だったからか、疲れが取れていく感覚がしてとても気持ちが良い。そんな時だった。


「っえ、」


露天風呂に続く扉が開いたのは。咄嗟にやまねは口を押さえ、温泉に潜った。


(え、どうして?)


潜りながら考えようとしたが、息が持たずに顔を出してしまった。


「…◾️◾️◾️◾️」

「……え?」


翡翠色の目をした金髪の少女が湯船でやまねの近くで仁王立ちしていた。硫黄風呂のにごりのお陰か自身の下半身はどうやら見えていないらしい。


(髪をまだ切ってなくて、良かったぁ。)


ここはどうにかやり過ごすことに決めた。少し声色を変え、咄嗟に役を作る。


「◾️◾️◾️…」

「んんっ!…えっと、何を言ってるのか分かんないです。」

「◾️◾️…うむ、そうであったな。これでどうだ。余の言葉が分かるか?」

「っえ、あ、はい分かります。」


少女はいつの間にかやまねの隣にいた。勇気を出して、少女に問うた。


「…あの、受付の人から今日は女湯は僕以外は誰も使わないと聞いたのですが……」

「む、そうなのか。」


考える素振りをした後、やまねを見て言った。


「余はそう聞いておらんな……受付の伝達ミスなのではないか?」

「…本当にそうなのでしょうか?」

「余の名…『ロネ・エリア・ケリエドゥエセ』に誓って断言しよう。」


そう湯船の中で胸を張っていた気がする。


「ここで会えたのも何かの縁であろう。そなたの名前を教えてはくれないか。そして余と話をしないか?」

「佐藤やまねです。話…ですか?えっと、ロネさん?」

「うむ、その呼び名で良いぞ…余が見てきた限り、どうやらこの浴場には余と…やまねしかおらんらしいのだ。そのせいで退屈でな。」


貧運や腐死も今は忙しくしているからな…と小さく呟いた。


「ここにはどのような要件で来たんですか?」

「む、緊張せずとも良い…しいて言えば付き添いであるな。」

「付き添い…ですか?」

「そうだ。今頃、隣の男湯に入っているだろうよ…奴は大の温泉好きだからな。仕事の合間はいつも温泉巡りをしているそうだぞ。」

「へ、へぇ。」

「…誘われたから来たとはいえ、温泉は効能といい、素晴らしいな。うむ……今度作る予定の大浴場の参考にするとしよう。」

「結構なお金持ちなんですね…ロネさん。大浴場を作るなんて。」

「当然である!何せ余は…むむ。これは言ってはならんな。」


ロネは口を閉じた。そして手を叩いて話題を変える。


「…余の事は一度このくらいにして、やまねの事がとても聞きたいのだが…場所を変えても良いぞ。」


——ここで上がれば、全てが終わる。


「えっ!?いや、僕は硫黄風呂が好きですからここで話しますよ。さあどんどん質問して来て良いですよロネさん!!」


やまねの過剰な反応に一瞬困った表情をした気がしたが、すぐに笑顔になる。


「…うむ、少しテンションが上がってきたではないか。余はそっちの方が好きだぞ……会話の途中でのぼせるでないぞ?」

「僕は人生で一度ものぼせた事がないですから問題ないですね。では始めましょうか?」


互いに、熱い硫黄風呂に肩まで浸かった状態での史上稀にみる苛烈なガールズトーク(?)が開幕した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おい谷口…あーあ。のぼせやがった。」


サウナに入った時に谷口は唐突に倒れ、仕方なく山崎が谷口を水風呂に落として冷やした後、回収はしたが…。


「…流石に遠いな。面倒だけど引きずるか。」

「ーーそれはいくら何でも酷くないかい?」


反射的に声がした方を見て、山崎は警戒する。


「お前…どっから沸きやがった?」

「沸くって…私は別に魔物の類じゃないよ。」

「浴場の扉の音がしなかったぞ…そうか不法侵入か。通報か鎮圧か…選べ。」

「犯罪者扱いをするのをやめて貰おうか!私はれっきとした宿泊客だよ。ほら、あそこの寝風呂でずっと寝てたんだって。」


20代程の男が寝風呂の方を指差した。


「水風呂の方から何かが飛び込んだ音がしたから起きたんだ。それで向かってみると倒れた男を引きずる君がいたって訳さ。そっちの方が私よりも犯罪味があるんじゃないかな?」

「……チッ。」


山崎は警戒を少し解いた。


「運ぶの手伝ってあげようか?私はこれから上がるし、それくらいの事は出来るよ。」

「……癪だが頼む。」


山崎と男で谷口を脱衣所のベンチに寝かせた。


「……手伝ってくれて、ありがとな。」

「…ふう、疲れた疲れた。これは誰かにコーヒー牛乳奢って貰わなきゃこの疲れは取れそうにないなぁー。」

「…こいつ。」


そう山崎は呟きながらも財布から、買える分の小銭を男に投げつけた。


「…うわっと。ふふ、分かってるね君。」

「勘違いすんじゃねえぞ、これは労働に見合った対価なんだからな。」

「そうかいそうかい。男のツンデレは需要ないぜ?」


顔をしかめる山崎を尻目に男は笑いながら自販機でコーヒー牛乳を買って一気に飲み干す。


「ぷっはぁ…くぅぅっ!!!!いいねぇ。奢りで飲むコーヒー牛乳はやっぱ格別だわ…本当、久しぶりだよ…昔を思い出すね。」

「そうかよ良かったな。」

「感情が入ってないよ君。もう一杯奢ってもいいんだよ?」

「…断る。」


山崎は先に浴衣に着替え終わり、少し真剣な表情をして言った。


「お前…軍人だろ。」


「…え、んー何のことですかな?」


「とぼけんなよ。体中にある刀傷とか銃痕がびっしりとあるのが見えないのか?」


「厳密にいえば、ほとんどが私が受けた傷じゃないんだけどね。」


「…?」


「それに君にだってあるだろう?凄いね、若いのにこんなに傷ついてさ。」


「…俺のスパルタ親父に昔色々と仕込まれた結果だ。後、最近は…あの人と…何でもない。」


「ほほう、何だか恋愛の香りがしますなぁ。最近の事をもっと詳しく聞きたいものだね!!」


「がっつくなよ、大人の癖に恥ずかしくないのか?それにそんなんじゃねえから。」


「私はまだまだ若者だよ、言わばモラトリアムの真っ最中ってね。」


そうしている間に男は黒い軍服を着て黒い軍帽を被っていた。山崎はそれを良く知っていた。

声が少し震える。


「は?それは親父が『太平洋戦争』の時に着てた軍服……それにその姿…昔、写真で見た様な気が…。お前は一体、」


『誰なんだ。』それを言う前に、山崎は男の当身を喰らって脱衣所の床に倒れる。男は言葉を続ける。


「…さてね。まあそれを知るのはまだ先の話だ………全く、栄介の癖に出来のいい息子を持ったじゃないか。油断してなかったら避けられただろうに。じゃあね…山崎聖亜君。コーヒー牛乳ごちそうさん!」


そう言いながら、男は脱衣所から出て行き廊下を歩く。すると金髪の少女が浴衣姿で真っ赤な顔をしてふらふらしながら、女湯から出てきてその場で崩れ落ちた。


「…えっと、どしたの『女帝』ちゃん。」

「ま、負けた……この余が…」

「ちなみに何に負けたんだい?」

「…『長風呂耐久ガールズトークマッチ』…である。」


男の思考が一瞬止まるのを感じた。


「…硫黄風呂に加熱ボタンがあるのは、知っておるか?」

「あー、あったねぇ…私は使わなかったけど、あっ何となく察したぞ。」

「……話題が一つ終わる事に加熱ボタンを押していくのだ……やまねが提案したのだが…途中20回目辺りからあまりの熱さに余は『権限』を使用したがそれでも尚、勝てなかった……余の完全敗北である。」

「まあ、この世界だと能力はある程度制限されるからね。」


少女はよろよろとしながら立ち上がった。


「そうなのだが…いずれ、リベンジしてやる。帰るぞ『漂流者』よ。これから余は大浴場を即座に作り上げ、次の戦いの為の特訓をする!」

「はぁ…分かったよ。私も今日はもう充分休んだからね。」


そう言い残して、二人は何処へと消えて行った。


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物音が聞こえて谷口は目を覚ますと布団の中にいた。どうやら旅館の自室のベットにいるらしい。


「あれ…あの時、倒れたんだっけ?」

「!谷口くん起きたんだね。」

「やまねちゃん…あれ、浴衣は着てないのかい?」

「あっ、えっとね…」


やまねが気まずそうにしていると、山崎がやってきた。


「おー起きたのか。お前をここに運んで来てから1日中ずっと寝てたから心配したぜ。」

「山崎君か……ん?1日中…って、」


ベットから飛び起きてスマホを確認する。


「…はは、マジか。もうすぐチェックアウトの時間じゃないか。何もせずに終わってしまったよ!!」


「ドンマイだな谷口……記憶がねえけど、どうやら俺も脱衣所で倒れてたらしいぜ。やまねが見つけてくれたんだよな。あの時は助かったぜ。そのお陰で目標は達成できた訳だしな。」


「でも谷口くんは全く起きなかったね。何度も起こしたんだけど……」


「ハッ、俺とただ温泉を沢山巡っていただけなのに……本当に弱いなお前。」


「強さとか関係なくさあ、普通に山崎君がおかしいんだよ!?温泉で体を休めるどころか、あんなのもはや何かの修行の域に達してたんだって!!!」


山崎は無造作に谷口の荷物を投げる。


「…愚痴は今度学校で聞いてやるから、とりあえず帰るぞ。やまね、忘れ物はないか?」


「うん、大体確認したから大丈夫だと思う。」

「…ぐ、くそっ。」


山崎に従うのは正直癪ではあったが、時間が迫って来ていたので谷口も二人に続いて部屋から出て、ロビーへと向かう。


「…じゃあ、チェックアウトは私がしとくから二人は先に帰ってていいよ。」

「おっ、ありがとな谷口。」


山崎がそう言って旅館の入口を出た途端に、全速力で駆け出して行った。


「…来週の学校に間に合うかな?まあいいや。」

「元来た道を帰るだけだし、きっと帰れるよ。」


山崎が帰ってもまだやまねは谷口の側にいた。


「えっと…やまねちゃんどしたの?」


何かを悩んでいたみたいだったが、意を決した様にやまねは言った。


「あのさ、谷口くん…都合が良ければなんだけど…もう一泊とか出来ないかな?」

「へ?」


谷口は深く思考する…がすぐにピンときた。


(はぁ…本当に優しいね、やまねちゃんは。)


「…どう?」


やまねが谷口の返答を待っている。

ーー無論答えは決まっていた。


「はは、やまねちゃんの誘いに乗らない奴なんか漢じゃないね。その誘い、受けて立つさ。」


そう言って、谷口は受付の人の方を振り返る。


「という訳で、もう一泊…良いかな?」

「了解しました!部屋はあの部屋で良いでしょうか?」

「それでいいよ。」


谷口はやまねに聞こえない程度の声でささやく。


「本当にごめんね。そっちにも色々と都合があるってのにさ。」

「っいえいえ、あなた様のお陰でこうして旅館の運営が出来ているのですから…恩返しですよ。」

「…ありがとね。じゃあお言葉に甘えるとするよ……温泉の視察はある程度出来たから、今日のお昼ご飯…期待してるよ。」


そう言って谷口はやまねに向き直った。


「じゃあ、第二ラウンド……始めよっか?先に帰りやがった山崎君を後でギャフンと言わせられる様な最高の時間にしてやろうぜ!」

「うん、僕も谷口くんが楽しめるように頑張るから。」


二人は部屋へと戻る。


「…部屋に荷物を置いたらまず、温泉に行くの?」


「いいや、違うね。部屋に帰ったらやまねちゃんの浴衣姿をこのスマホで永久的に保存するんだ。いや〜楽しみだなぁ。」


「…それって男性用なんだよね?」


「女性用に決まってんじゃん。やまねちゃん、私が寝てる間もずっとあの浴衣を着てたんでしょ?」


「!何でそれを知ってるの……?」

「私を舐めるなよー、最初からそう仕込ん…げほんげほん…私の勘がそう囁いているのさ。」


「先輩みたいな事言ってるよ谷口くん…。」


「あそうだ、あの部屋三人用だし我らが先輩総督もこれから誘ってみるか!…よーし温泉旅館を全力で楽しむぞー!!」


そんな会話を繰り広げながら部屋へと戻り、やまねの撮影会をしてからメールを見て駆けつけて来た先輩と共に温泉旅館を一泊だけとはいえ存分に満喫したのでした。



ーーその後それが先輩経由で山崎にバレて谷口が酷い目に遭うのだが…それはまた別のお話。






















































































































































































































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