02 白いドレスのレディ

 壮行試合のセレモニーで、白いドレスを手に、眼帯に十字傷の騎士団長が、何故か美しいドレスを手に、謁見室中央の女王陛下の前に進み出る。

「まずは我が唯一のレディから女王陛下へ、言伝が。このように美しい衣裳を貸し与えてくれたことに、感謝を。それと、私からも。……永遠とは唇から与えられ、人の心に宿り、やがて薬指に顕れるものと聞いております」

 後ろに控える騎士団の皆が声もなく驚愕し、金色の指輪を身に付けた女王陛下がゆったりと微笑む。

「あなたが一番最初に気付くと思っていました。第一席ゴードン・カントス・ミーンフィールド卿」

 謁見室全体に、波がさざめくような動揺が走る。

「あなたは、新しく芽吹くものを育て、周りの変化を確実に捉え、苦難にあってなお立ち向かう者達を支え続けることに、この国の誰よりも長けています。それこそが、まだ新しいこの国に最も不可欠なこと。さあ、会場へ。育てるべき新芽達が待っています」

「心得ました」

 謁見室から大広間へ歩き出す一同の先頭で、ミーンフィールド卿は女王陛下にだけ聞こえる小声で言った。

「……そういえば、新しい指輪を既に今朝方もう一つ見かけましてな。葡萄酒を飲み過ぎてなければよいのですが」

「相変わらず目聡いのね」

「我がレディが羨ましがっておりました。どうしたら指輪をつけることができるのか、真剣に悩んでおりまして」

 大広間の扉が開き、幾人かの腰に剣を佩いた若者達が並んでいる。赤い髪のテオドールが、少しばかり背が伸びて頼もしく見えるのは贔屓目だろうか。騎士団長に就任したばかりの『森の騎士』が、目を細めて一同を見渡す。

「さあ皆、外の広場へ。数多のレディ達が見守っています。全力を尽くすように」

 女王陛下の言葉に、若者達がざっと揃って胸に手を当てる。

 高らかにファンファーレの音が響き、城の前に設えられた会場から花火が上がり、大小様々な鳥達が、青く高い秋空を舞い踊った。



 来賓席の入江姫とベルモンテが空を見上げて微笑む。

「佳い日じゃな」

 そんな姫君の装束の足元に潜り込んだ龍が、降り注ぐ紙吹雪を鼻先でつついて愉しそうな声を上げている。龍の頭を撫でているベルモンテに、隣のロビンが言う。

「すっかり懐いてるねえ。それにしても、私、こんないい席に座る日は一生来ないって思ってたのに」

 慣れない席で緊張し、背筋を伸ばしたまま固まっているロビンに、ベルモンテが言う。

「あの日の活躍はすごかったじゃないか。君が鉄梃を持ってなかったら、街の人達も、お城も、この子だって助からなかったよ。クロード先生もね」

「勿論」

 ロビンの隣のクロード医師が、車椅子に腰掛けてどこか感慨深げに入場してくる若者達を見つめる。

「……あの日、馬車の事故で脚を失っていなかったら、ああも人を救うことは出来なかったろう。人生とは、不思議なものだ」

 入江姫が微笑む。

「医師殿のおかげで、我が島の医療も発展するであろう」

 秋の夜長のこの時期、入江姫は毎晩医療や算術の書物を夜遅くまで、ベルモンテの翻訳を介しながら読んでいた。ベルモンテが、周りの人々の会話にそっと耳を傾けて言う。

「それにしても、皆色んな噂をしているようだね。あの騎士団長には未だ誰も見たことがない意中の女性だか妻だか恋人だかがいる、とか、女王陛下の指輪の話とか」

 そこにやってきたアンジェリカとオルフェーヴルが言った。

「騎士団と来賓席が妙にざわついてると思ったら、つまり、またあの唐変木がやらかしたんだね」

「兄に女王陛下の指輪のお相手を聞かれたけど、国家機密扱いということで内緒にしておいてあげたよ。後でファルコに久々に奢って貰いにいこうか」

「いいねえ。酒代全部払わしてやる。お酒を飲むのは久々だよ!」

 双子達を託児所に預けた夫婦が、彼らの前の席に腰掛ける。腰掛けたオルフェーヴルが、ふと首を傾げて言った。

「おや、こんな時にロッテ君が眠そうなんて珍しい」

 見るとファルコの肩の上で、ロッテが半分頭を羽に埋めているのが見える。当のファルコは両手に手袋をし、中庭から拾ってきたらしい長く太い枝をそれらしく手にしている。アンジェリカが首を傾げて言った。

「あのボンクラ唐変木と一緒に森から城に帰ってきたのは見たよ。そういや、来賓用の八頭立ての馬車、誰かが使ったのかな。今回の賓客リストにお出迎えが必要なお偉方なんていなかったと思うんだけど」

 入江姫とベルモンテが思わず顔を見合わせる。

「ほう、橘大将は昨夜があの森での最後の夜だったわけか」

 オルフェーヴルが言う。

「そのミーンフィールド卿だけど、どこぞのレディの為に陛下からドレスを借りたって話で騎士団皆がざわついているよ。今まで一度もそんな噂なんてなかったのに」

 入江姫が、珍しく手袋をしているファルコと、まだ眠たげなロッテに視線を落とし、ころころと笑いを溢す。

「我が舟よ。楽譜を買い足さねばならぬようじゃな」

 そして、そっと彼の耳元に何かを囁く。

「………成程、ね」

 ベルモンテが片方の眉を上げて、人差し指を唇に当てて微笑んだ。

 入場してくる若者の中に、よく見知った赤い髪の少年が見える。周囲の若者達より一回りほど若いが、細目の愛剣を腰に佩いて溌剌と歩いてくる。

「ああやってみると、随分と背が伸びたね。すっかり男前になっちゃって」

 ロビンが呟く。

「緊張しがちだって言ってたけど、楽しそうでよかったよ。何かいいことがあったのかな」

 入江姫が言う。

「………柳少将なら知っておるかもしれぬな」

「少将?」

「必ず、そこまで勝ちのぼるゆえ」

 会場に二列になった青年達の剣が一斉に抜かれて、秋の高く晴れ渡った青空に煌めいた。

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