04 恋の匙
高さのぴったりな折り畳みの机の中央にはめ込まれたささやかで美しい貝で出来た紋様を見て、入江姫が微笑む。
「そなたの心遣いに感謝を」
ロビンが言った。
「ありがとうございます! 次は、どうしようかな……」
滞在がどれくらいになるかはわからないが、この姫君と吟遊詩人は共にこの冬をカールベルクで越すらしい。
「本当はこの『畳』が作れたらいいのだけれど……色々当たってみたけど、材料が手に入らなかったんです」
ベルモンテが微笑む。
「あれはちょっと難しそうだね」
「次はどうしようかな……滞在がいつまでかはわからないけど、冬を越すなら温かい寝台を作った方がいいと思うんだけど」
「寝台……」
予想外の話だったのか二人そろって目を丸くし、そして何か言いたげに目を見かわし、その視線が不自然に逸れる。ロビンがそんなベルモンテと入江姫をそっと交互に見やる。そして、空を見上げるように天井へ一瞬視線を投げてから、言った。
「寝台も、折りたためて分解できるようにしておくよ。でも、この天蓋みたいなやつがあったほうが温かそうだよね。テントみたいな感じになるのかな……」
自分と亡き夫のように魂で結ばれている伴侶であっても、結ばれているのは魂だけらしい。吟遊詩人は色事に長けているイメージがあったが、どうやらそうでもないものと見える。
遍歴の吟遊詩人が遠い島の美しい姫君をたった一人で必死で守りながら落ち延びてきた、という噂は本当だったらしい。この明るく好青年な見た目よりもずっと、義理堅く、職人気質な詩人なのだろう。夫と二人、まだ賑やかだった頃の工房にいて『木材は扱えても女の子としゃべるのは難しい』『恋はかんな掛けより難しい』などと休み時間になる度あれこれこぼしていた徒弟達の恋愛相談に乗ってやっていた昔日を思い出す。
思わず口の中だけで微笑み、目を細めると、ロビンはそんな二人の前で、ぱん、と両の掌を叩き『かつてのおかみさんの口調』になって言った。
「さ、あんたたち、作ってほしいものがあったらいつでも言ってよ! 腕によりをかけてつくるからね。ああ、それと……」
そして、ポケットの中から何かを取り出した。
「………ベルモンテ君、だっけ。これをあげるよ。私が昔、旦那から貰ったやつなんだけどさ」
小さな木彫りのスプーンだった。そして耳元で囁く。
「もう何十年も持ってる、恋のお守りさ。いいことあるよ、きっと」
ベルモンテが目を見開いて、思わず問い返す。
「………大事なものじゃあ、ないのかい?」
ロビンが笑いをこぼしながら囁いた。
「………大事だけどさ、私が旦那だったらきっと今あんたにあげてたと思ってね。それに私さ、今日は若くて立派な騎士の卵にエスコートしてもらいながらここまで来たんだ。だからきっとそう、あんまり古い思い出の中に、立ち止まってもいられないって思ってさ。死んだ旦那とは魂と魂が繋がっているんだからずっとそれでいいって思って生きてきたけど、今日はたまたま、ちょっと新しい風に当たってきたんだ。何だか、いい気分なんだよ」
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