4 派遣のくせに

 突然、僕らの会話をぶった切るように、後ろから野太い声が聞こえた。

 振り返ると、上司である鬼塚主任が半身をひねるように座ったまま僕を睨んでいた。

 カッターで切ったような細い目で睨まれたら最後、難癖をつけられて退職に追い込まれると評判の恐ろしい男。


「な、なんでしょうか」

「てめえ、作業場片付けないまま、休憩入ってるだろ?」

「えっ? でも、それは他の人も一緒で……」

「うるせえ!」


 休憩室に響き渡った罵声に、社員たちの視線が一斉に僕らへ集まる。


「口答えすんじゃねえぞ、派遣のくせに」


 ああ、また始まった。こうなったら、主任の説教は長い。

 機関銃のように、次から次へと罵詈雑言が飛び出してくる。


 きっかけは、些細なミスだった。


 三ヶ月前に、主任の前で食品が入ったケースをうっかりひっくり返して、中身をダメにしてしまったのだ。すぐ謝ればよかったものの、僕は主任の前ということもあって萎縮しきってしまい、パニックになって苦笑いをした。


 それが主任の逆鱗に触れた。ヘラヘラしてるんじゃねえ、という怒鳴り声は、工場中に響いたことだろう。それからというもの、主任は何かと僕に辛く当たってくる。

 最初こそ、僕が悪かったのだと意気消沈していたが、やがてただのサンドバッグにされているだけだと気がついた。


 でも、言い返したら最後。本当にクビになりかねない。


 派遣社員なんて、権限のある社員の一声で簡単に飛ぶことは身にしみているのだ。

 新しいサンドバッグが出来るまでの辛抱。


 僕は下唇を噛んで、主任の気が収まるのをじっと待った。


 だけど……なにもこんな公開処刑のようなことをしなくてもいいのに。


「まあまあ、主任。そこまでにしておきましょうよ」


 僕らの様子を見ていた宮越くんは、さりげなく席を立って主任の隣へ座った。


「それより、オレらの班のミキサーが壊れちゃったみたいで。主任だけしか直せる人いないから、あとで見てくれません?」

「ああ?」


 主任は不機嫌そうに宮越くんを睨んだが、彼は意に介さず「ね、お願いします」と、アイドル並みの爽やかな微笑みで応えた。


「ちっ。しょうがねえな」

「さすが主任! このまま、休憩も一緒にしてもいいですか?」

「いいけど、うるさくするんじゃねえぞ」


 一番騒がしくしていたのは自分だということは、もうすっかり忘れているようだ。

 僕らを眺めていた社員たちも、ショーは終わったとばかりに、すみやかに自分たちの世界に戻っていく。

 力を込めすぎて蓋が潰れてしまった弁当から、肉汁がぽたぽたと垂れ落ちる。

 食欲はすっかり失せた。


 ゴミ箱に弁当を突っ込み、そのままトイレで時間を潰した。

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