2 一緒に食べてもいいですか

 時間は少し、さかのぼる。


 午前二時。真夜中の食品工場。

 天井に並んだ青白い蛍光灯のせいで、工場内は昼間以上に明るい。壁にかかった時計を見るたびに、体内時計が破壊されていくような感覚がする。


 僕は作業場の隅っこで、黙々とコンビニ弁当用のトンカツを一口サイズに刻んでいた。何百と積み重なったトンカツがまな板の上に山積みとなっている光景は、もはや食品というより、ただの生ゴミのようだ。


 ちらと背後に並ぶ同僚たちを振り返ると、みな一心不乱に作業に没頭していた。

 この工場は一人ひとりに課せられるノルマがとても厳しいので、目標に届かなければ容赦なく叱責が飛んでくるし、成績によってはすぐクビになる。


 それが怖くて、社員たちは無心で包丁を握る。


 でも、トンカツの山はどうやら僕が一番高い。マスクの下でほっと息をつく。

 この工場に派遣社員としてやってきてから、半年。


 エージェントから聞かされていたような、「楽しくて働きやすい」職場とはほど遠いが、仕事は慣れてしまえば単純だし、他人とコミュニケーションを取らなくても怒られることはないので、いまのところ僕は満足していた。


「そろそろ休憩にしない?」


 同僚の一人が気だるそうに呟いた。その一言で、作業場にいた全員が手を止める。

 緊張感に包まれていた空気がふっとゆるみ、今まで無言だった社員たちがぽつぽつと私語を交わし始めた。


『日替わり弁当班』は、僕を入れて五人チームだが、全員二十代ということもあって気が合うようだ。


 連れ立って作業場から出て行く四人を、僕は慌てて追いかけた。

 当然のように、誰も僕に声をかけてはくれない。


 手狭な休憩室は、すでに社員たちでいっぱいだった。あちこちから声が飛び交って、とても騒々しい。仕事中は私語が禁止されているので、解放感があるのだろう。

 部屋の中央あたりに、防護服を脱いだ同僚たちが向かい合うようにして座っている。

 四人は笑いながら夜食を頬張っていて、うわさ話に花を咲かせているようだ。

 僕は彼らから少し離れたところに腰をかけ、ロスになった弁当を箸でつつきながら様子を窺う。


 ……一緒に食べてもいいですか?


 今日こそは、そう声をかけようと決めていた。

 友達になってほしいだなんて贅沢は言わない。

 だけど、休憩時間ぐらいは誰かと過ごしたい。


 半年間……いや。二十三年間友達のいない、僕のささやかな夢。


 どのタイミングで声をかけたらいいだろう。

 もうすでに食事は始まってしまっているし、この状況で声をかけるのは不自然だろうか。

 いや、でも、こうやってビクビクしているから、いつまで経っても一人ぼっちの日常が変わらないんじゃないか。

 行け、北村太一。勇気を出すんだ。

 だけど僕が腰を浮かしたタイミングで、休憩室に人が入ってきた。

 工場で一番人気の宮越くん。


 同僚たちは彼に気づくと、


「宮越、こっち来いよ」


 と、親しげに手招きをする。宮越くんは愛想のいい笑みを浮かべ、彼らの近くの席に腰を下ろした。

 僕は机の下で小さくガッツポーズをした。

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