愛されていないから、愛していないとしか言えないけど、どうしてみんなは、それを否定するの?

赤羽 倫果

第1話 目が覚めたら……

 きらめくシャンデリアの下、って言うか、パーティー会場のテーブルの隅っこで、オレはその人集りを眺めていた。


 今日は、実家が主催するパーティーだ。



 オレの両親は、イケメンαと美人Ωの番夫婦である。兄は親父似のα、親父の挨拶回りで忙しそうだ。


 一方で、弟は美人Ωのお袋寄りのかわいい系のΩ。

 医者一族の幼なじみ医師と、婚約したばかりで、ソーシャルワーカーを目指す大学生だ。


 しかし、オレだけは場違いな地味で冴えない容姿をしている。なんでも、浮気性の曽祖父に顧みられなかった、地味な曽祖母によく似ていているらしく、初見の誰もが、オレの第二性をβだと認識していた。


 あゝ、二見さんも来ていたんだ。『運命の番』だろうと、例外は一人もいないとか、どんだけついていないんだろ。


 さっきから、オレと目を合わせてくれないから、あの人の本音、ダダ漏れなんだよな。ホント……妬けるくらいに、相変わらずモテていやがる。


 そんな二見さんが話す相手は、弟和泉の婚約者だ。

 狩野 肇はオレの初恋。告白前に失恋した相手でもある。


「もう、由鶴兄さん。洸一郎さんの分、見つくろってあげなよね」


 いつの間にやって来たのか、オレの肘を弟が小突く。和泉の手元には白い小皿がある。小綺麗な料理の盛り付けを見せられて、オレはため息をこぼした。


 こっちの気持ち、知りもしないくせして。オレなんか料理を持って行ったら、二見さんがドン引きするだけだろ?


 和泉は『嫌われ』の経験がないから、そんな正論を言えるんだよな。


 二見さんの眼中にオレは存在しない。あの人、生真面目そうだけど、根っからの面食いだしな……。


 適当に暇を潰したら、駅前のラーメン屋に行かないと。腹さえ満たされれば、嫌なことは忘れられるから。


 何気なしに、再び周囲を見渡す。あれ、なんだよアイツ。一人の女性スタッフが、こっちに早足で近づいて来た。 


 嫌な予感に突き動かされて。オレは和泉の背後に回る。直後に、背中が熱いような。


「あっ……」

「どうした……兄さんっ」

「由鶴ッ!」


 聞いたことない雄叫びに、オレの体は汗が一気に吹き出した。


「由鶴ッ! しっかりするんだ」

「は……ジメ?」


 医者の肇に向けて、オレは親指一本を立てる。

 オマエの大事なΩを、守ってやったぜ!


「何も喋るな。救急車を呼んだから」


 ハハハハ……黙ってうなずくしかねえか。


「由鶴……」


 誰かがオレの名前を呼ぶ。聞いたことあるようでないような。オレは強い寒気と眠気に襲われて、意識が闇の中に呑まれてしまった。



「あーあ、寝たな……って、ここどこよ!」



 どっかの病室。オレって、丈夫が取り柄のβなのに……と思いきやだ。ノックの音に誘われて、ドアの方に顔を向ける。


「由鶴……目が覚めたのか?」

「はあ!」


 初めて見る野郎に、名前を呼び捨てにされる筋合いはないんだけど。


「あの……失礼ですが、どなた様でしょうか?」


 一瞬、目を大きく見開いて、すぐに顔を歪めた。


「私はキミの婚約者の……」

「すみません。オレ、βだから同性の婚約者はいませんけど」

「はあ?」

 

 互いに顔を見合わせて固まる。相手はナースコールに手を伸ばして、何も言わずにボタンを押した。



「覚えていないのか?」

「全く。それに、オレがΩだって冗談だろ?」



 和泉まで驚きを隠さない。ってことは、オレはマジでΩなんか?


「洸一郎さんのこと、本当に覚えていないの?」

「ん……そう言えば、オレのことを『佐々木くん』って呼んでいたよな」


 片想いの和泉をを下の名前でくん付けしていながら、オレはいつも、苗字+くん付け扱いだったからな。


 そう、嫌な記憶はしっかりと覚えていたみたいだ。


 オレがこの人を、上手く認知出来なかったの、下の名前を呼び捨てにされたからだ。



「そう言う訳だから、今まで通り、苗字呼びで……」

「由鶴」



 なんか、スゲー違和感が半端ないんだけど。


「二見さん。人の話は聞きましょうよ」

「兄さん。意固地になっちゃ」

「はあ? オレは他人に下の名前を呼び捨てにされる筋合いはないんだよ」


 なんだよその顔は! これだから、甘ちゃんは始末におえねえんだよな。


「佐々木くん。婚約の件だが」

「ああ、そっちからの破棄で構いませんから」


 だって、オレを愛していない野郎と、番になるって不毛じゃないか。


「いや、そうではなくて。婚約から番になる時期を」 

「寝言は寝てから言いなさいな」


 だって、オレはβだから番になれない。


「大体、アンタに『運命の番』が現れたなら、βのオレに勝ち目ありませんけど」

「いや、運命はキミだから」

「なんで……勝手に決めるなッ!」


 そうだ。今さらオレに構うなよ。



 あの後、オレを放置していたお袋が見舞いに現れたけど、なんか癪に触るから追い出してやった。今まで散々無視したくせに。外面だけいいんだから。 


「早く婚約破棄して、接見禁止出してよ。はあ? どうして、オレの希望よりあっちの都合が優先されるんだよ」


 婚約破棄について、ハジメの言い分だと、今のオレは『番欠乏』由来の更年期症状が酷いらしい。


 『番欠乏』が亢進すると、人格破綻が著しいってヤツ? 悪りぃけどさ。オレは至って普通なんだけど?


 だって、今まで散々、オレを除け者にして、外で好き勝手に遊んだんだから。これからは、オレがアイツらを除け者にしてやるんだ!


「まっ! お互い愛し合えないって認識するの、大事だよな。二見さん」


 オレのセリフを受けて、面食いの二見さんが顔を歪める。



 そんな彼を尻目に、オレは精一杯の笑顔で別れを切り出した。







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