第45話 また会えたね

 のほほんと時を過ごしている内に、ここ、狭くなっちゃった。

 昔は温かな水の中で泳げたんだけれど……体がどんどん大きくなっちゃったから、今は無理なの。

 う、狭い。そろそろ、ここから出発するかな。

 今はまだ声だけしか知らない、ママとパパにも会いたいしね!

 でも……お外に出るには、私、ちょっと頑張らなきゃいけないんだよね……なんか、苦しそうだな……

 ううん! ママだって、すっごく痛いんだもん!

 私だって、苦しくても頑張るよ!!


 それは桜が満開の夜だった。

 産院近くの河川敷は、桜並木で有名だ。

 見頃の今の時期は、夜九時までライトアップされているから、夜桜を楽しんでいる人がけっこういる。

 俺は道の横で足を止めて、ライトの光で少し明るく見える夜空を見上げた。

 幻想的にも見える、淡いピンク色の桜。

 きらきらと瞬く、白い小さな星たち。

 そして、煌々と光を放つ丸い月。

 ん? あれ?

「なんでだろ……あの女の子のイメージが湧いてこないぞ」

 俺は、そのままじぃっと月を見続けたけれど、結果は変わらなかった。

「おかしいな……」

 一昨年の十二月頃から、俺たち夫婦が月を見る度に思い出していた女の子。まひろにそっくりな……

「もしかして、もう必要なくなったから……なのかな?」

 俺はスマホを取り出して、画像を眺める。

 ついさっき、産院にいるまひろから送られてきた画像だ。

 そこには、生まれてすぐの赤い肌をした赤ちゃんと、その横で顔をくしゃくしゃにしている妻、まひろがいる。

 なによりも、なによりも、大切な存在。

 ああ、顔が自然に緩んでしまうのがわかる。

 じわじわと腹のそこから湧き上がる、くすぐったいような幸福感。

 娘の名前は、この子を授かる前からまひろが既に決めていた。

 俺も、その名前がいいと思う。

「うん……予想通り、まひろに似てるなぁ……美月みつき、ママと三人で、いっぱい遊ぼうな」

 俺はそっと、スマホに映る二人を抱きしめた。

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