第31話 映画鑑賞スタート

「げっ、あそこの映画館かよ!」

 俺は自転車にまたがり、スマホのメッセージを見て叫んだ。

 いくつもの未読メッセージはどれもまひろからのもので、知りたかった待ち合わせ場所と時間は、一番始めに送られていたメッセージに書いてあった。

「よりによって、一番行くのがめんどくせぇ映画館とこだよ……誰だ、映画の予約取ったの……って、あいつか!」

 脳裏に、ヘラヘラ笑う不審者が現れた。

「くそ、あいつ……わざとか⁉」

 俺は仕方なく、自転車を力いっぱい漕ぎ始める。

 不審者が予約した映画館は、どの駅からも徒歩で向かうには遠く、しかも近くにはバス停もない。

 つまり、そこへ行くには車か自転車しか方法がないのだ。

 たまにその映画館を利用する時は、いつも車を使っているが、今日はそうもいかない。

「うちの車は、まひろが運転して行ってるから、自転車こいつで行くしかないんだ!」

 まひろからの最後のメッセージには、車は自分が運転して行くから、俺には自転車で来るように書いてあった。

 くっ……絶対に間に合ってみせる! 待ってろよ!

 俺はすっかり暗くなった寒空の下、懸命にペダルを漕ぎ続けた。


「よぉ、ぎりぎりアウトだな!」

「はぁ、はぁ、はぁ、くそっ!」

 待ち合わせ場所の映画館の入口には、不審者が一人で立っていた。

 まひろとミツキちゃんの姿はない。

「まっ、きっとまだ予告だから大丈夫……」

「いいから、さっさとチケットよこせ!」

 俺は不審者から入場チケットを奪い取ると、足早に入口に向かった。

「9番スクリーンです、予告上映が始まっていて暗くなっていますので、足元にお気をつけください」

「は、はい」

 俺はなんとか呼吸を整えながら、スクリーンの番号を確認する。

 良かった、一番手前のスクリーンだ。えっと、座席の番号は……一番後ろか。

 俺は暗がりの中、段差の少ない階段を登り始めた。

「あっ! パパ!」

 小さな叫び声が聞こえた。

 間違いない、あの声……ミツキちゃんだ。

「遅かったじゃない……もう、来ないかと思ったわ」

 ミツキちゃんの隣から、ボソボソと、まひろの声が聞こえてきた。

「ごめん……」

 ごめん、か……俺は何に対して謝ってるんだろうか。

 俺がシートに座るとすぐに場内が真っ暗になり、映画の本編が始まった。

 あれ……そういえば、なんていう映画だったっけ……タイトル、ど忘れしたな……


『もぐもぐしよっ!』


 大きなスクリーンには、カラフルなアニメーション、スピーカーからは、ほんわかした音楽が大音量で流れ始めた。


 うーん、見事なまでのお子様向け映画だ。

 

 しかし、よく考えたら、映画館で映画を観るのは久しぶりだな。


 ん? な、なんだ、この丸顔のキャラクターは? 見たことがないぞ……

 なに? 父親がツナマヨおにぎりで、母親がアンパンだと⁉

 なんだ、その変な設定は!


 俺が度肝を抜かれていると、さらに女の子っぽいキャラクターが現れる。


 こっちは父親がクリームパン、母親が梅おにぎりときたもんだ!

 おい……もう、とてつもない味になってるじゃないか……クリームパンに梅干しだぞ! 腹壊しそうな組み合わせだよ!


 あ、さらになんかちっこい宇宙船が落ちてきた……うくく……新たなキャラ登場の予感……って、餃子が来た! しかもいかにもお姫様っぽい服を着てる! 餃子なのに!


 俺はもう、笑い転げたいのを我慢するのに必死だった。


 この先、どんなにシリアスな展開が繰り広げられようと、俺はもうストーリーなんか頭に入りそうにない。


 困ったぞ……これじゃ、映画を観終わった後、ミツキちゃんと話がはずまないじゃないか。


 だめだだめだ、まじめに観よう、まじめに……うくく……くそっ、が、頑張れ、俺……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る