第26話 ミツキ頑張る宣言
夕方の子ども洋品店は、わりと空いていた。
広い店内はカテゴリーごとに商品が陳列されていて、品物が探しやすい。
私はミツキちゃんに服の好みを聞きながら、小さな背中に服を合わせた。
「えっと……服がこのサイズだから、肌着はこのサイズで大丈夫ね……靴下は……ミツキちゃん、ちょっと靴脱いでみてくれる?」
服、パジャマ、肌着はかごに入れた。次は靴下だ。
「うん!」
ミツキちゃんは片足でバランス良く立ち、靴を脱いだ。
十八センチ。かろうじてわかる、靴底の印字。
「ありがとう。サイズわかったから、もう靴を履いていいよ。今日は、うちでお風呂に入ろうね。ミツキちゃんは、一人でお風呂に入れるかな?」
「うん! 一人で髪も体も洗えるよ!」
「そっか、えらいねぇ……ミツキちゃんは六歳だから、来年小学生になるんだね」
私はすり寄ってきたミツキちゃんと手をつないだ。
小さくて、あたたかい手。
可愛い……なぜか、胸がきゅっとなる。
「そうなんだ! ミツキ、ランドセルの色のこと、ずっと迷ってたんだけど、もう決めたんだ!」
そうか、今はランドセルのカラーバリエーション沢山あるもんね。
「そっか、何色に決めたの?」
「ピンク! パパに買ってもらった、このコートと同じ色!」
ミツキちゃんはえへへ、と嬉しそうに笑った。
淡いピンク色のコート。
全体的なデザインもおしゃれだし、生地も高級そうだ。襟元でさり気なく光る、シルバーの飾りも可愛い。
「そのコート、素敵だもんね」
パパに買ってもらったの? ママじゃなくて?
私の中に疑問が湧く。
『見た目が石頭にちょっと似てたんですけど、浮気したあげく、妹とあの子を捨てて出ていったんですよ! 最低ですよね!』
昨日の夜、カミさんが言っていた。
ミツキちゃんのパパは家を出ていったって。
じゃあ、このコートは? それとも、ミツキちゃんとは、たまに会ってるってことなのかしら?
「ねぇママ、ママはパパのこと好き?」
考え事をしていた私は、ミツキちゃんの質問の意味がわからなくて、思わず足を止めてしまった。
ミツキちゃんの表情は、真剣だった。
「パパって……ミツキちゃんのパパのこと?」
私は、ミツキちゃんのパパのこと、何一つ知らないんだけどな……
「ううん。今ママが一緒に暮らしてる、パパのこと」
一緒に暮らしてる? ということは……
「あぁ、なんだ、タケルのことか……そういえばカミさんが、ミツキちゃんのパパは少しタケルに似てるって言ってたもんね」
ん? ちょっと待って。
てことは、ミツキちゃんにこのピンク色のコートを買ってあげたのは、もしかしてタケルなの?
カミさんが、友だちだから?
「ママ、パパのこと好き?」
再び考えこんだ私に、ミツキちゃんは再び聞いてきた。
タケルのことを、好きかって? ミツキちゃん、残酷なこと聞くんだね……
「え……うん……どうかな……」
ミツキちゃんに、ほんとうのことを言わなくても良かった。
ごまかして、適当に答えればいいのに。私。
「最近は……よくわからなくなっちゃってるかもしれないな……ねぇ、ミツキちゃん、どうしてそんなこと聞くの?」
私はようやく笑って、なんとか空気を濁したつもりだった。
「パパと、仲良くしてほしいの」
それでも、ミツキちゃんの顔に笑顔は戻らなかった。
胸がシュッとなる。
「どうして?」
どうして、家族じゃない私とタケルのことを、そんなに気にかけるの?
「ママが、さびしくなっちゃうから」
ドキリとした。
寂しい?
……それ、今の私の気持ちだわ。
私は口をつぐんで、レジに向かって歩き始めた。
頭の中には、無表情なタケルが浮かんでいる。
「タケルは、どう思ってるんだろう」
ぽつり、つぶやく。
「ミツキ、ママとパパが仲良くなるように、頑張るから!」
レジの前に立つ私の隣で、ミツキちゃんが張り切ったように小さく叫んだ。
「え?」
が、頑張る?
ちらりと見た先のミツキちゃんの瞳が、やる気に満ち溢れてキラキラしていた。
「う、うん……ありがとう」
なんでミツキちゃんが頑張るの?
私とタケルの仲が良くなったとしても、ミツキちゃんには何も関係ないのに。
「今さら……」
なにをしても、変わらないのではないだろうか。
そう思いつつも、ミツキちゃんのやる気はいらないよとは言えない。
私は晴れない胸の内を抱えながら、小さくため息を吐いてレジで会計を済ませたのだった。
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