第17話 四人

「え? 今から友達を連れて来る? 珍しいね……え? 子どもさんも一緒なの? そっか、お腹空かせてるのか……うん、食べるものは大丈夫だけど……うん、わかった、気をつけてね」

 私はタケルとの通話を終えて、ほっとため息を吐きながら赤いボタンを押した。

 良かった、生きてた……無事に。

 タケルから電話がかかってくるなんて滅多になかったから、事故にでもあったのかと思ったのだ。

 ……良かった、そうじゃなくて。

 でも、これはのんびりテレビを観ている場合じゃない。

 タクシーがすんなりつかまれば、十分くらいでお客さんを連れたタケルが我が家に到着してしまう。

 でも……タケル、友達がいたんだ。

 しかも、お子さんまで連れてくるって……もう、こんな時間なのに。

「でも、お腹すかせてるって言ってたな……ママ、お仕事かなにかでいないのかな?」

 共働きも、親が働く時間帯も、各家庭様々だ。

 私はあれこれ事情を想像しながら、冷凍室の備蓄食材を確認した。

 未開封の大袋の竜田揚げと、ブロッコリーがある。

 よし、これを解凍すれば大丈夫だろう。

 クリームシチューも、ポテトサラダも、たくさんあるし。

「詳しい話は、後で本人から聞こうっと」

 クリームシチューを温めなおす為に、ガスコンロに火をつける。

 こげつかないように、弱火で。

「ブロッコリーは電子レンジに任せよう」

 私は慌ただしく動きながら、一時間ぐらい前にスマホに着信したメッセージを思い出していた。


『久しぶり、元気にしてる? タケルとは、うまくやってるの?』


 メッセージを送ってきたのは、川上サトルさんだった。

 昔、同じ美容室で働いていた、二歳上の先輩だ。

「珍しいことって、続くもんなんだな……川上さんからメッセージが来るなんて、何年ぶりだろ」

 なぜか、胸がもやっとする。

 それを振り払うように、私は過去を思い出していた。

 そう。私とタケル、川上さんとみさき。

 今思い返すと、初めて私たち四人が出会ってから、もう二十年以上が経っていた。

 早いな……私も歳をくうわけだ。

 川上さんの奥さんになったみさきは、わたしの同期で同い年。今、三十四歳だ。

 茶髪でがっしりした体格だった川上さんと、黒髪でシュッとした体格だったタケル。

 見た目って、わりと性格が出るものだ。

 川上さんは賑やかな空気を。タケルは静かな空気を生み出す人だった。

『石山さん、めっちゃ私の好みなんだ……彼女いそうだけど、食事に誘ってみちゃおうかな』

 みさきは、川上さんと同い年のタケルの事が好きだった。

 あの時、私もタケルに好意を抱いていたけれど、みさきのようにハッキリとしたものじゃなかった。

『そうなんだ、頑張って』

 私はそう言って、笑ってみさきの背を押した。

『終わった後、二人で飲みに行かない?』

『すみません、うちの親、門限にうるさくて』

 私は川上さんからよく声を掛けられたけれど、門限があるからといつも断っていた。

 でも本当は、門限が理由じゃなかった。

 頷いちゃいけない、と強くブレーキをかける自分がいたからだ。

 それは、川上さんから漂う、夏の太陽のようにキラキラと明るい、浮ついたなにかが、私はあまり好きじゃなかったんだと思う。

 ……いや、それだけじゃない。やっぱり、川上さんと正反対のタケルの事が好きだったから、断っていたんだ。

 仕事が終わるとまっすぐ家に帰っていたタケルは、みさきの誘いをきっぱりと断っていた。

 一度断られてもそれとなく関わろうとしていたみさきを、タケルは完全にシャットアウトしていた。

 みさきは落ち込んで、だんだんヤケになりだした。

 どうしよう、このままじゃ、みさきはお店を辞めちゃうかもしれない。

 そう思っていた矢先に、コロッと落ち着いたみさきが笑って言った。 

『私、川上さんと付き合うことにしたんだ。見た目はチャラいけど、優しいんだよ、川上さん』

 ……そうか、うん、なら良かった!

『あんなチャラ男、付き合う女の気がしれないわ。私は絶対にゴメンよ』

 昔みさきが言ってた台詞は、忘れることにした。

 うん、やっぱり付き合ってみないと、その人のことはよくわからないよね!

 二人は一年くらい付き合って、お子さんを授かったのをきっかけに結婚した。

 川上さんが実家の美容室を継ぐ為に店を辞めたのも、その頃だ。

 みさきは子育てしながら、お店の手伝いをしている。


 今は、私の馴染のお客さんの一人だ。

 私はお客様と会話するのもしないのも、どちらでもいい方だ。

 私に子どもはいないけれど、なんとなく話を合わせることができる。

 寒くなってきたこの時期は、風邪を引きやすい、とかね。

 みさきが私のところにやってくるのは、半年に一度くらいの頻度だった。

 カットとカラー。

 私たちは施術の間、話をするけれど、お互い旦那のことを話題にすることはほとんどなかった。

 だから、川上さんの様子がどうなのか、二人の間が円満なのか、私は知らない。

 そういえば、最近みさきの顔を見ていない気がする。

 そろそろ、予約を入れてくれる頃だろうか。


 私はメッセージアプリを開いて、川上さんのアイコンに触れた。

 すると、二人の間に生まれた可愛い姉妹が現れる。

 これは、みさきのアイコンに触れても同じだった。

 画像はそれぞれ違うもので、どちらも、もう五年くらい変わっていない。

 今は、もっと大きくなっているんだろうな。

 子どもたちはニコニコと笑っていて、家庭内がうまくいってるんだろうな、幸せなんだろうな、って思った。

「かわいいな……」

 じっと眺めていると、だんだんと胸がじんわりしてくる。

「いいな……羨ましい」

 あっと、これは封印しておかないと。

 ……羨ましいのは、子どものこと? それとも、夫婦間のこと?

 

『久しぶり、元気にしてる? タケルとは、うまくやってるの?』


 うん、元気だよ。なんとか、二人でやってるよ。


 私は川上さんからきたメッセージに、そう返した。

 どうして、川上さんは私にメッセージなんて寄越したんだろう? ずっと、音沙汰なかったのに。

 再びモヤモヤし始めた時、玄関先に車が停まる気配がした。

「あ、帰ってきた!」

 私は慌てて、思考を目の前の現実に切り替えた。

 火を止めたホワイトシチューの鍋からは、白い湯気と甘い香りが漂っている。

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