限りなく白に近いあの子が実は黒だった件~それでも俺は間違ってない~
遥 かずら
1章 俺とお前と
第1話 はじまりは最悪の印象で
「優くん。ぼくたち、離れ離れになってもずっと忘れないようにしようね!」
そんな約束をした翌日。
弟のように可愛がっていた同い年の育が、里親に引き取られて退所した。育の退所を皮切りに他の子たちも里親が見つかり、小梅学園に残ったのは幼い子たちと俺と俺の妹だけだった。
二つ違いの妹とは生活空間こそ離れていたが、
「優お兄ちゃん。みんないなくなっちゃったね……でも優お兄ちゃんにはわたしがいるよ? だからダイジョウブだよ!」
などなど、たまに会えたりした時は俺によく懐いてくれた。
とても可愛くて兄想いで優しい自慢の妹だ。だけど俺が高校に上がる前くらいになって、施設の決まりでいつの間にか離れ離れになってしまった。
今はどこにいるのかも分からないけど、きっとどこかで再会出来ると信じている。それに俺を施設に預けた親たちとは違う正しい生き方をすれば、いずれ再会した妹は必ず俺を頼るようになるはず。
「優くん。ちょっといい?」
「はい、何でしょうか」
「里親とは違うけど、あなたを居候させてくれる方が見つかりました」
里親じゃなくてもいい、ここから出られれば。
「入所期限、もうすぐなんですよね……」
「……はい」
俺はもう高校生になってしまった。
「まだ残ることも出来るけど、でも卒業したらどのみち施設を出ないとだからこのままいられてもねえ……」
施設は十八歳が期限。もうすぐ十七歳になる俺に厳しいことを言ってくるのも理解しているし、文句を言える立場じゃないのもよく分かっていた。
「期限が迫る前にここを出て行きたいと考えていたので。なので、俺、その人のところでお世話になりたいです!」
俺は前々から決めていた答えをすぐに伝える。
養護施設は十八歳までで特別な必要が無い限り延長は認められない。そのことをずっと気にしながら過ごしていた俺は、俺より先に里親に受け入れられた子たちのように、里親家庭で暮らしたいと思っていた。
そう思っていたものの、誰も彼も里親が見つかるわけじゃなかった。特に俺みたいに親を全く信じられなくなった子は。そうしているうちに俺は高校生にまで成長し、里親どころか入所期限が迫っていたということになる。
「まずはこれを」
そう言うと、『私立鮫浜学園』のパンフレットを見せられた。
「編入試験……ですか?」
「お世話になる条件の一つに、その学校に通うことが明記されています」
これも想定していたことだ。
「構いません。受けます!」
このまま施設にいても後々になって苦労するのは目に見えている。それならまだ高校二年のうちに他へ行けたほうがいい。
居候ということは他にも誰かが暮らしている可能性がある。それでも俺に不安はなかった。
施設である小梅学園には気の良い奴が多くいた。今はみんないなくなってしまったけど、年の違う子たちと仲が良かったしどこに行ったって問題無く出来るはずだ。
「お世話になりました」
編入試験の合格通知の結果、晴れて別の高校と新たな家に迎え入れられることが正式に決まった。
居候先となるのは経営をしている若い夫妻の家だ。しかも職員さんによれば、育の里親となった家のようで彼が暮らしている家らしい。
数年ぶりで一目で分かるかは不安だけど、俺は何となく期待せずにはいられなかった。
えーと、この辺りでいいんだよな。
待ち合わせ時間の一時間前、朝の九時に居候先の最寄り駅に到着。駅前広場に迎えに来てくれる――ということだけを聞いていたので、そこで待つことにした。
それにしても人が多い。
養護施設があった周辺は山あいにあるのどかな風景が広がっていた。だがこれから暮らす所、特に鮫浜学園の周辺は海沿いの大きな街で、人も車も桁違いの都市部に位置した場所になる。
そんな俺への最初の試練は急に雨が降ってきたことだ。傘もささずに待っている俺に容赦なく雨粒が降り注ぐ。
嘘だろ?
さすがにずぶ濡れ状態で顔合わせなんて失礼すぎるよな。
どうしようもなくなりつつある
「あ〜そこの君、傘は持ってきてないのか?」
大きめの黒い傘をさした見慣れぬ制服姿の人が立っていた。
声をかけてくれた彼が施設での幼馴染である育の可能性もある――そう思ってしまうものの、まずはきちんと返事をしなければ。
「急に雨が降るなんて思ってなくて……」
そう言いつつ思わず彼の傘を見てしまう。
「悪いね、貸してあげることは出来ない。でもそうだな……待ち合わせの奴が来るまででいいなら雨宿りするか?」
そうだよな、そんな甘くないよな。それでも見知らぬ人間に優しくしてくれるあたりが育に似ている。幼い頃からすごく優しかったし。
誰かと待ち合わせって言ってるし、俺の顔をちゃんと見せれば気付くだろうか。
「……何かすみません。男同士で相合い傘とか」
「問題ない。そういうのは慣れてる。駅前にいるってことは誰かと待ち合わせ?」
「えっと、多分幼馴染の子が迎えに来るかもで」
もちろんそう思っているのは俺の勝手だ。
「幼馴染か。いいね~」
初対面なのに話しやすい人だ。イケメンのようにいい声をしてるし、背中を見てるだけで安心する。そんな人が相合い傘までしてくれるなんて。
名前を聞いてみようかな?
そう思っていると、
「湊〜! お待たせしましたわ! あの子は先に来ているかしら……ってあら? 湊……あなたまさか、また別の男の娘を?」
改札から出てきた綺麗な人が隣の彼に声をかけている。
「どこをどう見たら隣の彼が男の娘に見えるっていうんだ? お前の目は節穴すぎるぞ!」
「愚問ね。わたくしの目が節穴ならあなたなんか選んでないわ」
湊? 全然違う名前だった。連れの人がどこかの令嬢みたいだし、すごい人なのかもしれない。
「君。悪いが待ち合わせの奴が来ちまった」
「あ、いえ、ありがとうございました」
雨はまだ降り続いているものの、土砂降りでもないし文句なんて言える立場じゃないよな。
「悪いね……あぁ、そうだ。この傘は貸せないけどここから少し歩いた所にコンビニがあるから、そこで傘を買うといい」
「親切にしてくれて助かりました。お名前を聞いてもいいですか? えっと、
「花祭? 珍しい名前は続くもんだね。俺は高洲湊だ。また会うことがあったらよろしく! じゃあ!」
彼が着ていた制服は編入する鮫浜学園のものに似ていた。同年代くらいに見えたけど、そうじゃないかもしれないくらい貫禄があった。また会えるだろうか。
親切にしてくれた人と別れた俺は、まだ時間に余裕があるうちにコンビニに行くことにした。
コンビニでトイレを済ませ傘を買った直後、さっきまでの雨が嘘のようにあがる。
買った以上仕方ないので、未使用の傘を手にしながらそのまま駅前広場に向かおうとすると、俺の目の前に長身の少女が立ち塞がった。
「散々待たせておきながら自分は呑気に買い物とか、人を待たせるとかあり得ない!!」
「えっ?」
どういうわけか、見知らぬ少女がふてくされた顔をしながら俺に怒りをぶつけてきている。よく見ると少女の手には折りたたみ傘が握られていた。
――あ。
「もしかして迎えの人……だったりして」
「駅前ですら大人しく待つことも出来ないお前! お前、何様?」
もしかしなくてもこの子が俺を迎えに来てくれたのか。
「何様と言われても……。てっきり育くんが迎えに来てくれるものとばかり思ってて、しかも雨が降ってきたので傘を買いにコンビニに行ってただけでして……」
もちろん俺の思い込みと願望に過ぎない話だけど。
「あ? いくくん?」
「えっと、俺の幼馴染で弟みたいな子の名前なんですよ」
実の弟じゃないけどニュアンス的には間違ってないよな?
「――お、弟!? それに
「ま、まぁ、本当の弟って意味じゃなくて~……」
「…………ふっざんなよ、てめー!」
かなりキレてるのはどうしてなんだろうか。
「はぁ……一人で期待して大損すぎる」
「あの、それで育くんは今――」
「――人に何か聞く前にテメーの名前を先に名乗るのが筋じゃねーの?」
関係無いことを聞いたせいか、目の前の彼女はかなり怒りを露わにしている。それにしても見た感じは同い年くらい。
肩にまで伸びきった長い黒髪にすらっとした長い足、それに似合うデニムパンツを履いて何とも男らしい黒のジャケットを豪快に着ている。
格好と相まって口調がヤンキーっぽいのに、甘く澄み透った声をしているせいかギャップが半端ない。
「そ、そうですね。俺は花祭優です」
「……全然変わらずパッとしないままだな」
「え?」
彼女の俺を見る目が落ち込んだ感じに見えるのは気のせいだろうか?
「駅前広場に立ってるって聞いたのに……」
「えっ」
「えっ、じゃねーよ! 人をずっと待たせといて先に言うことがあるんじゃないのか?」
なんだか随分とキツい態度をとられているような。それに見た目が美少女なのに、早口でまくしたてる言葉遣いがなかなかに荒っぽい。
俺よりもやや背が高いせいか、すごく怒られている気分になる。
それにしたって一時間前に駅について広場できちんと待っていたのに、コンビニにちょっと行ったくらいで怒られるくらいの時間オーバーなんてしてただろうか。
初対面でしかも俺の居候先の人っぽいし、この場合は俺が間違っていた可能性が高いからここは素直に頭を下げておこう。
「すみません。俺が待ち合わせの時間を間違えたみたいなので、ごめんなさい」
「……過ちは素直に認めるってわけか! じゃあついて来ることを許す! お前だろ? 今日からうちに居候する奴ってのは」
「あ、そうです!」
言葉遣いと態度だけで判断すればかなり男っぽいけど、美少女なんだよなあ。
荒々しいけど面倒見は良さそうな感じだし、まずは彼女を怒らせないようにしないと。でもせめて名前を聞いておきたい。
「あ、あの、君のことは何て呼べば?」
「高洲。以上!」
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