第20話
アドの魔法学も剣術も、実践練習も周りの協力で順調だ。
一番は、アドの集中力。座学で学んだ詠唱を正しく判断して使えるようになった。剣を振るいながら瞬時に判断するスピードはまだまだだけど、この短い期間でここまで物にしているのだから凄い。
(魔力のコントロールも落ち着いているし、このままいけば合格出来るわね!)
アドの成長に嬉しくて私はウキウキで魔法省の廊下を歩く。魔法省の玄関は一つ。研究棟に行くにもここを通らなければいけないのだ。
私のローブを見た魔術師団の人たちがヒソヒソと眉をしかめている。いつもの風景だ。
「お荷物部署」「無能の集まり」「魔法省に何でいるんだ」
大抵がこんな内容で、もっとバリエーションは無いのか、と思ってしまう。
(あーあ、せっかく研究棟に住むようになっても、ここから出入りしなきゃいけないのは変わらないのね)
街で買い出し帰りの私はヒソヒソと聞こえる悪口に目もくれず研究棟を目指す。
「ミュリエルさん、こんにちは」
研究棟へと分かれる入口の近くで優しい声が聞こえた。
「こんにちは、アロイス様!」
穏やかな笑みで後ろからやって来たアロイス様に私は元気よく挨拶をした。
「元気ですね、ミュリエルさん」
「はい!」
アロイス様の言葉に私はニコニコと返す。
アドのおかげで毎日が充実している。悪口を言ってくる魔術師団の人たちも目に入らないくらい。
「……殿下の進捗はいかがですか?」
「順調です!」
アロイス様がおずおずと伺うので、私は力強く親指を立てて笑った。
「そう……ですか……良かったです」
あまり良かったようには見えない複雑そうな笑顔でアロイス様が言った。
「アロイス様?」
アロイス様のおかげで、アドのサポート体制が取れている。国王陛下から条件付とはいえ、家庭教師も認められている。
(それでも周りから何か言われるのかな?)
もしかしたらアロイス様が防波堤になってくれているのかも。気弱な上司が心配になり、声をかけようとした所で、後ろから懐かしい声が聞こえた。
「ミュリエル、早くアドリア殿下の家庭教師を降りたらどうなんだい?」
「………………アンリ様……」
振り返れば、紫色のローブを羽織り、魔術師団たち数名の前に立つアンリ様。彼の後ろからはぴょこっと妹のクリスティーが顔を出す。
「君は勘当されたとはいえ、元シルヴァラン家の長女だ。これ以上、
結婚はまだだし、家督も継いでいないのに我が物顔でアンリ様が言うので、私は呆れ顔になる。
「クリスティーが君の代わりに殿下の家庭教師をやってもいいと言っている! 君は退くべきじゃないか?」
アンリ様に肩を抱かれたクリスティーがにんまりと笑ってこちらを見ている。
(はっ……そういうこと。婚約者だけじゃ飽き足らず、今度は家庭教師の座まで奪おうってわけ?)
クリスティーの思い通りに行動をするアンリ様に、プツンと音を立てて腹が立つと同時に、婚約破棄されて良かった、何ならこっちから願い下げだ、と遅ればせながら思った。
「お断りします」
「なっ!?」
私の即答に、アンリ様の表情が焦る。
「アドリア殿下の家庭教師は私だけです。誰にも譲りません。それに、国王陛下も認めてくださいました」
「ぐっ……」
譲らない私に、アンリ様は増々焦り、言葉に詰まる。
「でも、それは条件付ですよね? 魔力量の無いお姉様が失敗するのは目に見えているから、アンリ様は心配されているのですわ!」
「そ、そうだ!」
見かねたのか、クリスティーがにっこりとアンリ様をフォローする。愚かなアンリ様はそれに乗っかる。
「今なら引き返せます。私に任せてくだされば、お姉様も牢屋行きなんて防げますよ?」
クリスティーの言葉に、周りの取り巻きたちも「そうだそうだ」と声を上げる。元々、魔術師団に任されるはずだった仕事を研究棟の私に取られた恨みもあるのだろう。
(というか、何で条件のことも知っているの?)
クリスティーがそこまで知っていることに驚いたが、また彼女の信者が漏らしたのかもしれない。
「お姉様も殿下も、恥をかかれる前に、私に任せて……」
「恥なんて、かかない!」
クリスティーの言葉に、聞き捨てならず叫んだ。
「……っ、失敗したら全てお姉様のせいにされて投獄、ですわよ?」
少し怯み、クリスティーが言った。
「アドは、そんな奴じゃない! ちゃんと自分に責任が持てる奴よ! 私のせいになんてしない! それに、私はアドを信じてる! アドは絶対にやり遂げるって。それでもダメなら、その時は私も家庭教師としての責任を取る覚悟はあるわ!」
「……おまえ……本当にミュリエルか……?」
気付いたら叫んでいた。こんな奴らに、アドの、アドと私の何がわかるんだ、と。
アンリ様もクリスティーも取り巻きたちも、私の叫びにシン、となった。
「ミュリエルさん……魔術師団とのいざこざは……」
黙って見ていたアロイス様が見かねて口を出した。
「でもアロイス様……」
納得がいかず抗議しようとした所で、研究棟の方からアドがやって来た。
「俺の家庭教師はミュリエルだけだ」
急に現れたアドに、私以外の全員が頭を下げる。
「アド……」
「お前、遅いと思ったら何やってんだよ」
見上げる私の手を、アドは眉尻を下げて引いた。
啖呵を切ったのは良いものの、アドの気持ちを改めて聞いて泣きそうになる。
「ふっ、何だその顔」
「うっ、うるさい……」
泣きそうなのを我慢した私の顔を見たアドの表情が緩む。私は怒って見せながらも、心底安心していた。
アドの家庭教師は私だけであって欲しい。
いつの間にか芽生えた感情に戸惑いつつ、アドの信頼が心地いい。
「お、お待ちを殿下! ミュリエルは魔力量も少ない無能です! そんな者に殿下の未来を託されるのですか!!」
「黙れ」
私たちの後ろで叫ぶアンリ様に、アドは表情を険しくさせ、彼を制した。
王族としての威圧がアンリ様を黙らせる。そんなアドの表情は、増々大人びていて、目が離せなかった。
「殿下……っ! それでも私の方が、シルヴァラン伯爵家の娘として魔力量もありますし、お姉様よりお役に立てると思いますわっ!」
そんな空気を破ってクリスティーが訴える。
「ミュリエルより?」
アドの目力でクリスティーは気圧されるも、続ける。
「はい! きっと後悔させませんわっ」
上目遣いで瞳を潤ませ、アドを見つめるクリスティー。
(皆、このクリスティーの表情にやられて好きになるのよね)
少し冷静な頭でクリスティーを見つめる私は、アドをちらりと見た。
アドはクリスティーに見惚れるどころか、悪い顔で微笑んだ。
「なら、証明してもらおうかな?」
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