第16話

「あー……、アド、誤解するな? これは違う」


 隊長さんが何故かバツが悪そうにアドに言った。


「アド、もう練習試合終わったの?」

「お前……また見てなかっただろ」


 駆け寄る私にアドがジト目になる。


「見、見てたわよ……途中まで……」


 アドの責める瞳にまごまごしながらも私は答えた。


(うう、またやってしまった)


 アドの家庭教師なのに、アドの鍛錬を見ていないなんて失格だ、と反省する。


「でもアド、こんなに剣の腕が良かったなんて! 今日は見られて良かった!」


 見てない部分もあったけど、アドが剣術を努力して磨き上げ、凄いことは伝わった。


「連れてきてくれてありがと」


 私はアドに笑顔でお礼を言った。隊長さんとアークとも再会出来て良かった。


「お、おう……」


 アドは照れくさそうに顔を逸すとそう言った。機嫌を直してくれてホッとする。


「じゃあ、今後の対策を隊長さんと話すから」

「はっ?」


 目を点にするアドをひとまず置いといて、隊長さんに顔を向ける。


「良いですか? 隊長さん」

「俺は良いけど……」


 何故かはっきりしない隊長さんはアドに視線を向けた。


「俺も行く」

「だよな」

「えっ、剣の鍛錬は?」

「終わった」

「まあミュー嬢、アドのことなら本人も立ち合ったほうが……」


 それもそうか、と隊長室に私たちは場所を移し、今後のことを話し合った。


☆☆☆


「試験に向けて良い対策が立てられたわね!」


 帰りの馬車の中、私は向かいに座るアドに笑顔で言った。


 魔法と剣術を交えた実践形式の試合が入団試験なので、アドの魔力のコントロールをみっちり勉強しつつ、騎士団にも通い、試合形式で剣術も鍛え続ける計画になった。


(後は魔法も使いつつ、剣も使う練習が必要だけど……)


 そればっかりは私も騎士団も相手が出来ない。どうしたものかと、うーんと頭を唸らせていると、アドが不機嫌そうに言った。


「お前……アークと隊長とあっという間に仲良くなったよな」

「え? そう見える?」

「嬉しそうだな」


 アドの言葉にニコニコと答えれば、増々彼の機嫌は悪くなる。


(う……仲間に近付かれて嫌なのかな? やっぱ難しい年頃……)


「……お前、二つしか違わねえのに俺を子供扱いしすぎじゃね?」


 私の心を読み取ったかのようにアドが言う。


「ええっ!? アドだって私のことおばさんって言ったじゃない!」


 どきりとしつつも、私も反撃をする。するとアドは俯いてしまった。


「アド?」

「………………たよ」


 心配して彼を覗き込めば、ポソリとアドが声を漏らす。


「……悪かったよ。ミュリエルはおばさんじゃない。あの時は俺も魔法省の人間だからって警戒しすぎた」


 アドのあまりにも素直な言葉に、私は目を丸くして思わず固まってしまった。


「んだよ!」


 そんな私の態度にアドは頬を赤くしてそっぽを向いてしまう。


 そんなアドが可愛いなあ、と私は思って、つい笑みがこみ上げる。


「ごめん、ごめん! 出会った時とは変わったなあと思って、嬉しくなっちゃった!」


 笑う私を、顔はそのまま目線だけ動かしてアドが言う。


「お前は変わらないよな」

「出会ってまだ数日だよ?」


 嬉し笑いで目尻に溜まった涙を拭きながらアドを見つめる。


「そうじゃなくて……俺が第二王子だと知っても、お前は変わらなかった」


 アドは未だにこちらを見ないまま、窓の外を見ながら言った。


(ああ、そうか……)


 アドは王族だからと寄ってくる人たちに心を許せないまま、どれだけの時を過ごして来たのだろう。そんな中、見つけた居場所も王族だからと否定され。


 そう思うと、アドのことが愛おしく感じた。


「アドはアドだよ。王族とか関係ない。私の大切な生徒だから」


 胸の中に湧き上がるその気持ちを見ないように、でも抱き締めるように言った。


 アドはようやくこちらを見たかと思えば、泣きそうな表情をしていた。


「王族相手は不敬だって言ってたくせに」

「そっれは……、アドのことを知る前だったし?」


 最初に出会った時の話をむし返され、ごもごもと言い淀んでしまう。


「ははっ……! やっぱミュリエルは令嬢らしくないな!」

「それって褒めてる?」


 泣きそうな表情が笑顔になりホッとした私は、アドに向かって頬を膨らませた。


「褒めてる」

「そっか……アドも王子様っぽくないよ」


 笑って言うアドに高鳴る心臓を誤魔化すように、私も返した。


「それは褒めてるのか?」

「……褒めてるよ」


 お互い顔を見合わせて、笑う。


「ミュリエル、試験に受かったら俺に褒美をくれないか」


 ひとしきり笑った後、アドが真剣な顔で言った。


「いいけど……私、あんまりお金ないよ?」


 可愛いこと言うな、と思いつつ、本当に薄給のためビビる。


「大丈夫だ。金はかからない。お前が差し出せる物だ」

「それって何――――」


 聞こうとした所で、どっくん、と私の心臓が破裂しそうなくらい鳴った。


 アドにそれ以上聞けないよう、唇を彼の指で押さえられたからだ。


「さっきも言ったが、覚悟しておけ?」


 大人びた表情を見せるアドに、私はただ顔を真っ赤にさせて、頷くことも出来なかった。

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