第15話(アドリア視点)
「……お前、わざとか?」
いつものように騎士団にやって来て、色んな騎士と手合わせをした。そして最後にはアークと手合わせをする。これもいつも通り。ただ、今日は
訓練場で向かい合ったアークに向かって睨みをきかすも、目の前のこいつはいつものようにヘラヘラと笑って交わす。
「えー? 何のことお?」
「何であいつを愛称で呼ぶんだよ」
未だしらばっくれるアークは明後日の方向にやっていた視線を俺に戻した。
「アドのことだって愛称で呼んでるじゃん」
「ぐっ……それはそうだが、俺は男であいつは女――」
「そんなの関係なくない?」
しれっと答えるアークに言葉を詰まらせながらも俺が抗議しようとするも、アークは悪びれず続ける。
「貴族がどうか知らないけどさー、僕は仲の良い子のことは愛称で呼びたいし。それにさ、あの夜、ミューさんを見つけたのは僕だよ? ミューさん、良いよねえ。可愛いし、好きだなー」
「なっ!?」
アークの言葉に俺はギョッとした。そんな俺の表情を見たアークは飄々としたまま言った。
「あ、安心して? アドの「好き」とは違うから! 人として? 僕、ミューさんならアドに良いと思う」
「なっ……!?」
「だってさっき、僕を牽制してたもんね? アドが女の子に対してそんな態度取るの初めて見たよ」
アークの言葉に安心よりも恥ずかしさが押し寄せる。
「だから、僕はミューさんが好きだし、友達でいたいし、愛称呼びはやめないけど、アドのことは応援してるから!」
何が「だから」なのか、アークは勝手に話をまとめてしまった。
「さっ、ミューさんも見てるし、カッコイイ所見せなきゃね? 僕は手加減しないよ」
そして剣を構えるアークに続いて俺も剣を目の前に構える。
「やあっ!」
ガンッと鈍い音と痺れる重みが手に伝わる。
アークは平民出身だ。下働きで騎士団に入り、その剣の腕を買われ、あっという間に騎士に成り上がった。今では騎士団一の剣士だ。
騎士団は低層の貴族や魔力量の無い貴族、平民から構成され、掃き溜めとも言われている。親父を含め、上の連中は騎士団のことを蔑んでいた。
俺も師匠である現隊長を追いかけてここに来るまでは、知ろうともしなかった。兄貴と比べられ、魔力もコントロール出来ない自分に苛立ち、不機嫌を周りに当たり散らし、王族として国のために働く彼らに目もくれなかった。
掃き溜めと呼ばれる騎士団は、実際には明るく、気持ちの良い奴ばかりだった。蔑まれても腐ることはなく、国のために研磨し、力を尽くす、そんな奴ら。
王族である俺に擦り寄ることもなく、剣術の練習相手もしてくれ、受け入れてくれた。そんな騎士団は俺の居場所になった。アークとも歳が近く、仲良くなった。俺よりも二つ年上なのに騎士団一の腕を持つこいつは将来騎士団の隊長になるだろうと思っていた。
『あんな連中と関わるな! お前はこの国の王子なんだぞ?』
すっかり騎士団に入り浸っていた俺は親父にバレると、魔法学校に閉じ込められてしまった。
魔法学校では生徒だけでなく教師までも俺に媚びへつらう、社交界と何ら変わらないつまらない場所だった。
そして魔法学校に通ううちに、騎士団は魔法省の使い捨ての駒であり、平民出身のアークでは隊長になれないことがわかった。
だったら俺が騎士団に入る、と溢した言葉に激怒した親父は、俺が成人したら魔法騎士団の副団長に就任させることを勝手に決めた。
それからも不機嫌に当たり散らす俺の魔力は、
そんな俺に匙を投げたと思っていた親父は、今度は魔法省に俺を閉じ込めようとした。もちろん抵抗しようとしたが、兄貴の一言で考え直した。
あの夜、ミュリエルに出会った日は俺の送別会だった。騎士団の奴らと一軒目で別れた後、隊長とアークと三人で二軒目にいた。
最初は魔法省の奴らと一緒くたにして悪態をついてみせたが、あいつは違った。
令嬢らしくなく、口が悪い年上の女。今まで擦り寄って来た貴族令嬢たちとは違う。
思ったことを口にしてしまう性格なのか、バカがつくくらい真っ直ぐで、眩しい女。俺の大切な居場所を馬鹿にするどころか、敬意を持っている、希少な貴族の女。
「やっぱり、気合い入ってるねえ?」
アークの重く、早い攻撃を必死にかわしていると、余裕のアークがニヤリと耳元で囁いた。
「でもミューさん、また見てないみたい」
ちらりとアークが視線を横にやる。俺もその視線の先を見ると、ミュリエルが隊長と楽しそうに話していた。
(あいつ、また……!)
魔法騎士団長のクラウドの時もそうだ。
(ミュリエルは年上が好みなのか?)
今更あいつが人のことを年齢なんかで判断しないのはわかっている。だがどうしてもチリつくこの感情に苛立ってしまう。
「ねえ、アークはミューさんをどうしたいの?」
(どう……?)
剣を交えながらも余裕のアークの質問が矢継ぎ早にやってくる。
「俺は……あいつを国一番の家庭教師に……くっ!」
重たい攻撃をいなし、答える。
「それ以上は望まないってこと? ミューさんは鈍そうだから押さないとさあ」
「うるさい!」
アークの剣を押しやり、俺はカッとなる。
そもそも、出会いが悪かった。あいつを「おばさん」呼ばわりしたせいで、あいつの中で俺の恋愛対象に自分が入らないと思っている。
自分のやっていることが、まだるっこしいことはわかっている。でも、あいつが俺の家庭教師を全うしようとしているのを邪魔するのも嫌だ。
「全ては魔法騎士団の試験に合格してからだ」
自分に言い聞かせるように、アークにも告げた。
「ふうん? まあ、それもそうだ。それまでに誰かにかっさわれないようにねっ!」
カンッ、とアークの剣に弾き飛ばされそうになり、ふとミュリエルたちの姿が視線の端に入る。
俺には見せたことのない笑顔――――
瞬間、俺は魔法を使い、風を巻き上げ、アークの剣を押し返した。
「ちょ、アドたんま――」
アークの言葉は耳に入らず、目の前の剣を弾き飛ばすと、俺はミュリエルと隊長の元に急いで走り出していた。
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