第3話

 アッカンベーをして見せたイケメンに私は目を大きく見開いた。


「16歳って……こんな飲み屋に来ていいわけ?」

「俺のは果実水だから。それとも何? 仲間との交流にも年齢制限はあるわけ?」


 イケメンは果実水の入ったグラスを回しながら、不満そうな顔で私に見せた。


(ああ言えばこう言う……)


 私の正面の席に腰を落ち着けたイケメンを見据えて私は言う。


「別に、そこまで言ってないわ。お酒は成人してからだけど、仲間には、魔法省とか騎士団とか、年齢も立場も関係無いと思うから」

「……へえ?」


 私の言葉にイケメンの口は緩やかに弧を描いた。


「なっ、何よ?」


 バカにされるのかと身構えた私に、イケメンは続ける。


「王族も?」

「おっ、王族! ? それは流石に不敬にあたるんじゃないの?」


 イケメンから出た意外なワードに、さすがにギョッとした。


「んだよ、その程度かよ」

「何ですって!?」


 イケメンは少し拗ねたように横を向いてしまった。


「まあまあ、アド。おじょーさん、こいつ少し捻くれててね。悪いね」

「いいえっ!」


 ガハハ、とイケメンの隣に座っていた隊長が彼の肩を抱きながら言った。仲の良い人たちだな、と眩しくなった私はエールをぐびっと喉に流し込んだ。


「……っ、ごちそうさまでした!」


 私はエールを一気に飲み干すと、その場から立ち上がった。


「何だ、もう行くのか?」

「はい。ありがとうございました」

「え――、おねーさん、もっと一緒に飲もうよ――」


 隊長にお辞儀をすると、人懐っこい青年が私の隣でごねた。


「明日も仕事だから」

「そっか――残念。またね!」

「気を付けてな、お嬢さん!」


 見送る二人に手を振ると、私はテラス席から石畳の道へと出る。


 結局、お互いの立場は知りつつも、自己紹介は無かった。騎士団と魔法省。めったに相容れないのはお互いわかっていた。


(良い一期一会だったな……)


 またね、が無いのはわかっている。


 最後までそっぽを向いていたイケメンを横目で見ながら、私は店を後にした。


「アドが女の子に突っかかるなんて珍しいねえ」

「…………」

「だんまりかよ!」


 私が去った後、人懐っこい青年と隊長に誂われながら、イケメンは私の背中をじっと見送っていたらしい。


☆☆☆


「すっかり遅くなっちゃった……」 


 シルヴァラン伯爵邸までたどり着き、そびえ立つ銀色の門を見上げる。


「アンリ様ったら……まだ両親が見ていますわ」


 玄関に繋がる道の奥からクリスティーの声が聞こえたので、私は慌てて庭の茂みに隠れた。


「婚約者なんだから良いじゃないか。魅力的な君が悪い」

「アンリ様ったら……」


 茂みの隙間から覗き見れば、薄暗いながらも、魔法具ランプで照らされた妹と元婚約者の姿が見える。


 アンリ様はランプで手が塞がったクリスティーの腰を寄せ、密着している。私と婚約していた時は手さえ握ったことが無いのに、妹とはイチャイチャしている姿にショックを覚える。


 アンリ様のことは好きではなかったけど、家同士が決めた婚約だし、二人でシルヴァラン伯爵家を守っていくのだろうな、とぼんやり思っていた。


 私は自分の魔力量が増えないことに焦って、魔法学校の勉強に必死だった。親からの期待も、アンリ様の気持ちも私から離れていったというのに。


「クリスティー、君と婚約出来て嬉しい。君は人気者だから心配だったんだ」

「アンリ様……私はあなたしか見ていませんわ」


 クリスティーの言葉にアンリ様は幸せそうに微笑むと、妹にキスをした。


 妹と元婚約者のキスシーン。


(何故私がこんな場面に……)


 複雑な気持ちでその場を低姿勢で去ろうとすると、クリスティーが少し音量を上げて言った。


「ねえ、アンリ様、私のどこがお姉様より好きなのか言ってくださらない?」

「ええ?」

「私を愛しているなら、言って!」


 クリスティーの言葉に眉尻を下げたアンリ様は、彼女の可愛い我儘に、「仕方ないな」と言いながらも嬉しそうに続けた。


「ミュリエルは勉強ばかりで愛想もなくてつまらないが、クリスティーは可愛くて俺の理想の女性だ。魔力量から言っても、君が俺の妻になり、シルヴァラン伯爵家を支えていくのは当然のことなんだよ」

「嬉しい……っ! 私、妹だからって、お姉様に遠慮していたの」

「ああ、能力が無いのに長子ってだけで、素晴らしい君が虐げられるのは間違っているよ。それに、誰よりも魅力的だ……」


 アンリ様はクリスティーをうっとりと見つめると、もう一度抱き寄せてキスをした。


 目を閉じているアンリ様に対して、クリスティーは視線をこちらの茂みにやった気がした。


(もしかして……わざと?)


 キスをする二人から遠ざかるように私は茂み沿いを四つん這いになって進んだ。


 アンリ様はクリスティーが虐げられている、と言ったが、妹は甘やかされている。むしろ家族から蔑ろにされているのは私だ。


(何だかなあ……)


 二人が愛し合っているのも、シルヴァラン伯爵家を継ぐのも、もうどうでも良い。


(何で私を貶めるのよ……)


 妹は私よりも優位にいることを知らしめるように、いつもあのようなことをする。


 両親、屋敷の使用人たち、魔法省の人、挙句の果てには元婚約者だ。


(私が何をしたって言うのよ)


 大きく溜息を吐きながら、ようやく玄関ホールの入口にたどり着く。


「クリスティーの婚約は本当におめでたいわ」


 茂みから顔を出そうとした所で、今度は母の声が聞こえた。


 玄関ホールの入口に父と母が立っていて、ミュリエルたちがいた方角を見つめていた。


 両親は彼らがキスをしていることなど知らずに、姿が見えなくなった二人を未だ見送っているのだろう。


「シルヴァラン伯爵家に魔力量の少ない娘なんて恥ずかしくて、お茶会でもクリスティーの話しかしませんのよ」

「…………」

「ミュリエルは失敗作でしたけど、クリスティーが有能で本当に良かったわ」


 黙っている父に、母がペラペラと話しかける。


 父は家のことには無関心で、母に任せきりだ。そのため私がこの家でどんな目に合っているかなんて知らない。


 上流思考の母は、私の存在を無かったことにしたいらしく、クリスティーにだけ愛情を注いでいる。


 使用人はクリスティーにしか付けず、新しいドレスも妹にしか与えない。食事の席でさえ用意されなくなった私に、父は気付かない。きっと外に愛人がいるのだろうと私は思っている。


 私は厨房に忍び込み、その日の余り物を恵んでもらう日々だった。魔法省で働くようになってからは、イリスと一緒に外で食事をするようにもなった。時々イリスの研究室に届けられるブロワ侯爵家の豪華な差し入れを分けてもらうことも。


 魔法省の魔術師団に所属する父は、今は現場から退き、彼らを統率する管理職だ。


 幼い頃は二人とも、「凄い!」と喜んでくれていたのに。私の魔力量が増えず、母がイライラしだした時から、家族はおかしくなっていった気がする。


「……魔法学校の教師だったか?」


 久しぶりに口を開いた父の表情は、侮蔑にまみれていた。


 そんな父の表情を見た私の心が、奥底でパリンと音を立てて割れているような気がした。

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