第6話魔法少女VSコスプレイヤー軍団



 こむぎとペロはある大きな建物にいた。

 色々な催し物で利用されている有名な建物である。

 とくにアニメ関係では有名なところ。


「ここにあたしに挑戦状を送ってきた奴がいるのね──」


『こむぎちゃん、それは違うって、こむぎちゃんは招待されただけだからね。送迎用の車まで派遣してくれたでしょう』

 

 間違いを指摘して説明するペロ。

 だがこむぎはまったく聞いていない。

 いつものことではあるのだが。


 そして一人と一匹は中へと入っていく……。



「──諸君、待望のゲストが到着した──!」


 響き渡る声──。

 真っ暗な会場に、突然ピンスポットが当たった。

 ピンスポットはこむぎをとらえて、映しだしている。

 さらに壇上にいる人物を、くっきりと映していた。


「くっ、──やはり、罠ね──マジカルーー!!」

 

 こむぎが叫ぶと同時に、魔法少女へと変身した。

 

『うおおおおぉぉ~~~~!!』


 突然わき起こる大歓声と拍手。

 あちこちでカメラのフラッシュが瞬いている。

 一人や二人ではない、数百人、いや数千人以上の大観衆の声だった。

 何が起きたか理解できないこむぎはとっさにステッキを振りかざす。


「みたまえ、諸君──これが本物の魔法少女だ。実在したのだよ、魔法少女は───!!!」


 またも『ウオオオオオオッ!』という大歓声。


 声を張り上げこむぎを指さすのは、昔の超有名アニメで見たような衣装を着た人物。

 総帥と呼ばれ、いまや伝説のとなったアニメである。


「この少女、いやあえて魔法少女呼ぼう。彼女は我々への福音、まさに神が与えたもうた女神だと思わないかァァ!!」


 そうだ──! と言う声が、あちこちで上がる。

 男は両手を広げて、歓声を煽る仕草。


「そうだ、実在するのだ。ここにこうしてッ! いままで我々をオタクと馬鹿にしていたリア充どもに見せつけてやろうではないかァァ!!」

 

 そうだー! と言う声と、次々に上がる雄叫び。

 広い会場が歓声に支配されていく。


「今日この日をもって、我々を二次元オタクと見下した者どもを嘲笑ってやろうではないか。凡人どもの考えは間違っていたのだから。こうして実在する魔法少女がなによりの証なのだから──!!!」


 徐々にヒートアップしてくる演説に扇動されていく、聴衆たち。

 会場の照明が段階的に点けられていく。

 歓声を上げている人々の顔や姿がはっきりと見えてくる。

 

「えっ、なに、これ──???」


 広い会場が埋め尽くされるほど大勢の人数がひしめいている。

 皆、何かしらのアニメキャラクターのコスプレをしていた。

 ショーアップされていて、演説をしてる総帥は舞台のような高い場所から見下ろしている。

 はち切れんばかりに肥満した肉体は、総帥の衣装をいまにも破りそうだった。 


 はっきり言って似合っていない。

 貫禄もなくぶよぶよに太って、元のキャラクターを連想することは難しい。

 まさに自己満足でコスプレしているコスプレイヤーの見本のようだった。


 さらには特大サイズの液晶モニターが壁につけられていて、総帥の姿とこむぎを大きく映し出していた。

 戸惑うこむぎの姿のドアップ。


「我々のことを引き籠もりのオタク、根暗の陰キャラと嘲笑っていたリア充どもに、見せつけてやるのだ。この少女、魔法少女の存在を──。我らが女神の力を見せつけて、震え上がる様がみえるようではないかァァ!」


 聴衆から上がる笑い声。

 両手を広げて、笑いをさらに煽る仕草。

 それがだんだんと爆笑へと。

 しばらくその姿を満足げに、眺める総帥。

 

 

「なぜ我々がリア充どもに虐げなければならなのか。これが真実だ。我々の崇高な行いはもともと凡人どもには理解できはしないのだ。我々こそ選ばれし民と言えよう。──アニメキャラクターのコスプレをして何が、悪い。聖地となった建物にかってに入って、撮影して何が悪いというのだ。邪魔な植栽を刈り取って、花を抜き取って捨てるのが悪いというのか。好きなアニメコスプレの撮影会が悪いと言うのか。列車の急停車ボタンを押して、列車を撮影して何が悪い。いな、我々は自分たちの気持ちに忠実なだけだ。心のままに行動しているだけだ。我々は、皆気持ちがとてもピュアなだけなのだ。我らの行いは、すべて正義なのだーー!(※絶対違うと思います)この魔法少女に、その力を我々のために使ってもらおうではないかー!!」

 

 あちこちで「そうだー!」という声が上がっている。

 なかにはすすり泣くものも多くいた。


「え~~、やだよー。かってに決めつけないでよねッ!」


「──たてよオタク。負けるなオタク。戦えオタク──。いまこそ我らがオタクであることを胸を張って宣言するのだー! ジークオタク! ジークオタク! ジークオタク!!」


 会場は「ジークオタク」の大合唱である。

 それをゲンナリした表情でみる、こむぎ。


「うへぇ、なにかもう疲れちゃったよぉ。ねえ、ペロ……」


『こむぎちゃん。この人たちはオタクの集団だよ。悪の組織とか、そんなもんじゃないね』


「「「──えっ、イ、イヌがしゃべった!!」」」


 驚く総帥とオタクたち。

 魔法少女を見ても驚かないのに、イヌがしゃべる事に驚愕していた。


『こういう人達のことを、中二病をこじらせた人達というらしいよ。二次元のキャラクターでないと関心を示さない人達だって』

 

「ふーん……」


 こむぎは少し飽きてきたのか、マジカルステッキを杖代わりにして所在なさげ。


『ある人が言ってましたが、こういう人達は自分たちのことしか考えていない人達なんだって。自分たちは差別されているとか話していたけど、別に誰も差別なんかしていないそうだよ。だって普通の人達は仕事があるからそんなことに長く関わっているほど暇ではないから。こむぎちゃんだって、魔法少女だからって別に差別されたりしていないよね。学校生活でも、友達がいっぱいいるから。それなのにこの人たちは自分たちは皆から迫害されているとかってに思い込んでいるんだそうだよ。そういう自意識過剰さが差別を受けているという風に思い込む原因なんだって。被害妄想だよね』

 

 ふんふん頷いているこむぎ。


「──ち、違う……、我々はリア充たちに差別されてきたのだ……」


『では、どういうことをされてきたんですか?』


「……む、そ、それは…だな……」

 

 なにかの核心を突いたのか、話す言葉に勢いがなくなってきた。

 そこかしこで、コソコソと話すことばが聞こえてくる。

 彼女がいないとか、どうでも良い話しをボソボソとつぶやくように話し合っている。


『彼女や彼氏ができないのは普通だと思います。皆さんはガールフレンドやボーイフレンドを作るためになにかしていますか。彼女や彼氏がいる人達は、皆出会う努力をしています。それをせずに、ただ欲しいと思うだけでは出会いは生まれませんよ、普通……』


「ぐっ……、そ、そんな……」


『ぼくはイヌですが、ネットで色々な情報を得て色々なことを学んでいます。そこで知ったのですが、ある精神科の先生が言ってましたよ。こういうタイプの人達の本音は、どうして自分たちが特別扱いされないのかという強い妬みがあるそうですよ。要は精神年齢が幼いまま大人になって、誰もが我慢していることができないだけとも言えるそうです』

 

 ふーんという顔で聞いているこむぎ。

 すでに床にぺたんと座っている。


『これは僕が言ったのではありませんが、皆さん、コスプレしていても殆どの人が似合っていません。むしろ好きなキャラクターを貶めているとは思わないのですか。似合わないコスプレが不愉快だというアニメファンもいるみたいですよ。ただ、そういう人達は皆さんとは違って、思っていてもネットに書き込んだり口汚く罵ったりしませんけどね』


「……な、なん、何だと………」


『それに総帥。ご自分の姿を鏡で見たことがありますか。伝説のMSアニメ、それもとても有名な登場人物を演じるにはあまりにも不釣り合いです。もっと体を絞らなければ、そのコスプレにあいませんよ。ぶよぶよに肥満したデブだし、アニメを作った人達が見たら、怒られるかも知れませんよ』


 総帥の顔からタラタラと、蝦蟇の油のような汗が流れ続けていた。

 ペロの言葉に追い詰められて、なにか言い返そうとするが、苦しそうにただヒューヒューいうだけだった。

 

 へーっという顔で、しげしげと眺めているこむぎ。

 伝説のアニメは古すぎて、こむぎには分からない。


「……、み、みるな、わ、私を、みるな……」


 タジタジとなって、後ろにさがる総帥。

 絞り出す声も、蚊の鳴くようなささやき声だった。

 同じように大勢の聴衆が、あたふたした様子を見せていた。


「うっわー、ほんとだ。よく見ると、変なの~~っ!」


 こむぎの声が会場中に響き渡る。

 着ぐるみコスプレイヤーが、表情の変わらない顔で自分の姿を眺めている。

 わなわなと震えながら、さがると会場から出ようとかけだしていった。

 

『皆さんはアニメ業界を大きくしたのは自分たちだ──位に思っているようですが、DVDを購入せずに、ネットでアニメを見まくっていたりしたら、結局、業界の首を絞めているようなものじゃないですか。二次創作とかいいながら、パロディ同人誌を作っていたり、グッズ販売をしているなんてまさにアニメ業界に寄生しているだけですよ。大言を吐いても、いつまでも実家暮らししているニートと同じです。もっともニートも多いでしょうが』


 ひとりが逃げ出すと、次々と逃げ出すオタクたち。

 なかには耳を塞いでイヤイヤをする者もいる。


 強烈な化学兵器に感染していくように、瞬時に会場内のオタクへと伝播していった。

 人の雪崩現象が発生して、広い会場から大勢の人間が外へと走り出していく。

 その後を、総帥は這いずるようにして最後尾についていった。

 仲間らしい同じ軍服のコスプレをしているものに手を借りていた。


『すごいよ、こむぎちゃん。建物を壊さないで変な人達を退けちゃったね。やればできる子なんだ。えらい──』


「あたしはなにもしてないよ。ペロがやったんだよー」


『えーっ、ぼくはなにもしてないよ。だって魔法使えないもん』


「う~~ん、…なんかわかんないけど、終わっちっゃたようだし、帰ろうか……」


 これは魔法じゃないよという言葉を飲み込んで、こむぎはペロを連れて帰っていった。

 コスプレオタクたちの壮大な野望が、あっけなく潰え去った瞬間だった。


  

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