40. 大地へ還る(カルの視点)
シアが13歳で大聖女になったと同時に、慣例として第一王子である俺の婚約者になった。
将来、確実にシアと結婚できることが決まり、俺は嬉しくて有頂天だった。また、シアと仲良くできると思っていた。
なのに、シアは大聖女の修行に没頭するようになってしまった。会える時間も激減してしまったのだった。
だから、持て余した時間を俺は魔法の修業と勉学に費やした。頑張っているシアに、すごいと思ってもらいたかった。ただ、そのためだけに。
おかげで、立太子できるだけの実力をつけられたと思う。
今となっては他に候補はいないけれど、他の王族が王太子に選ばれれば、そいつがシアの伴侶になる。それを避けるために俺が必死で努力したことを、シアは知らない。
そんなシアが、今はこうして俺の腕の中にいる。馬上で二人乗りをしたまま、俺はシアの背後から手綱を握る。
「ねえ、カル。私、この国の赤い土になりたい。死んだら、ひまわり畑に灰を撒いてほしいの。私、聖女の仕事、もっともっと頑張るから。だから、この国にいていい?」
「なんだよ、それ。死んだらとか、不吉なこと言うなよ。それに、シアは何もしなくても、この国の人間だ。俺の妻になるんだから」
「……そうだけど。でも、約束してほしいの。たとえ、いつどこで死んでも、ひまわり畑に戻ってきたい。ねえ、いいよね?」
「やめろよ。死ぬとか言うなら、ひまわり畑のことなんか、絶対に許可しないからな」
そう言うと、シアは黙って静かに微笑んだ。その顔が、あまりに悲しそうで儚げで、俺は自分が何か大きな間違いをしたみたいな気がした。
それでも、シアが死んだら……、なんて話は聞きたくない。
「そろそろ、戻ろう。日差しが強すぎる。いくら色素を濃く変えていても、お前にはきついだろ。カフェで少し休んでから、今日は離宮まで駆けるぞ」
「うん。夕方までに着けるね」
「ああ。暗くなると危険だから、早めに出よう」
この時間でも開いていたカフェで休憩してから、王都へと続く丘陵を駆け抜けることにした。隣町にある王城に泊まってもいいが、これ以上連れ回すのはシアの疲れが心配だった。
昨夜も、俺のせいではあるのだけれど、あまり寝かせていない。魔力で回復させているとはいえ、慣れた場所でゆっくり休ませたい。
街を見下ろせる丘に登ると、シアが楽しそうにこう言った。
「嬉しいな。こうやって丘陵を馬で駆けるの、私の夢だったの。なんか、すごくカッコいいでしょ。カルのおかげで、一生の思い出がいっぱいできちゃった」
「だから、大げさだって。何度だって連れてきてやるよ。この隣街にも王城があるんだ。離宮に似ているけど、また違った趣がある。今度の休みはそこにしよう」
「次って、夏休みだね」
「そう、その前に試験だ。落第するなよ。お前には卒業してもらわないと困る」
「帰ったら勉強するわよ! 赤点なんて取らないもんっ」
シアは数学がすこぶる苦手だ。帰ったら一緒に勉強しよう。無事に卒業させて、シアは俺の花嫁になるんだ。留年なんかさせるか。
「行くぞ、しっかり掴まってろよ」
「うん。大丈夫!」
俺は愛馬にちょっとだけ魔法をかけて、速駆の負担を軽くした。そして、一気に丘陵の荒野を駆けた。速度を上げると、俺の胸にぎゅっとしがみついてくるシアが愛しかった。
彼女をひまわり畑に還すのは俺じゃなく、俺たちの子供や孫の役目だ。一日だけでもいい。シアには俺より長く生きてほしい。彼女がいない世界に、俺は一日だって生きていられない。
シアは必ず、俺が守ってみせる。この世界では、どんな危険も退けてやる。俺が側にいるかぎり、シアは絶対に死なない。
そう誓うそばから、なぜか意識の底から不安が湧き上がってくる。それはどうしても晴れることなく、心の片隅で燻ったままだった。
そして、その消えない不安は、すぐに現実となった。丘陵をしばらく駆けた頃、不穏な影を感じるようになった。後を付けられているような気がする。
見晴らしのいい丘陵では、いざというときに逃げ道がない。森に入ったほうが、地の利がある。
「シア、近道していいか? 森に入る」
「いいけど、どうして?」
「この先の森は、離宮に続いてるんだ。お前の友達に会えるかもしれない」
「え、あの黒毛の子? わ、それは嬉しいな」
シアに何かあれば、あいつは必ず助けにくる。俺の手で守りたいけれど、そんなエゴでシアを失うわけにはいかない。万一のときには聖獣がシアを逃してくれるなら、俺が敵を引き留めるのみだ。
そう思って、森の方向に手綱を引いた。そして、俺たちは、深い森の中に分け入っていったのだった。
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