嘘も方便 《桃》
有栖ちゃんが竜之介の顔を見るのが辛いのはすごくわかる。本当はオレとだって顔を合わせづらいのだろう。
竜之介は自分の視線が彼女の傷をえぐるようなことをしたくないし、実の親父さんとの写真を目の当たりにしてショックも隠せない……でもそうやってお互い目を逸らしあって傷つけあっているのなんて……なんか、もどかしいなぁ……
お互いが大切だから起きちゃうすれ違い。
そういうのってあんまり長引かせると、ぎこちないままになっちゃったりすることもあるからね。
そう思いながらオレはコーヒーを啜っていた。
仕方ない…
*
そう思って口を開きかけた時、竜之介と有栖ちゃんの兄、海里さんが帰ってきた。
「ただいま…」
あれ?
いつも鉄壁の余裕の微笑をたたえた海里さんの顔が少し青ざめて見えた。それに会社の帰宅にしては早いような。
長めの髪が端正な顔に影を落とした。
さっと有栖ちゃんを見ると、有栖ちゃんもそんな兄の翳りに気づいているようだ。長いまつ毛の影で、見開かれた瞳がお兄さんを凝視して黙っている。
有栖ちゃん以外のことになるとまるきり鈍感な竜之介は兄の表情には無到着のようだ。
これは荒療治かもしれないけど、一肌脱ぐか…。
ぎこちない姉弟を見ているのはつらい。
「有栖ちゃん、今晩ちょっと竜之介借りてもいいかな?」
「えっ?」「えっ?」
立花姉弟の声がダブる。
「お兄さんも……竜之介連れ出していいかな?ちょっと論文の資料整理を手伝ってもらいたくて……」
ぺらぺらと嘘が出てくる己が怖い。
「あ、ああ……別にかまわないよ」
勘の鋭い海里さんはオレの方便に気付いたようだが、そのまま受け流してくれた。
「お、おい……なに勝手に俺の動きを俺じゃない奴が決めてんだよ……」
「大丈夫だよ、とって食いやしないって!」
竜之介が動揺しているのでオレは笑顔を向ける。
「有栖ちゃん、今晩はお兄さんと眠ってくれるかな?」
オレが覗き込むと
「……わかった」
有栖ちゃんは少し戸惑いながらも頷いてくれた。
「じゃあ決まりだな……竜之介、しっかり手伝ってくれよ…俺の単位がかかってる」
竜之介はまだぶつぶつ言っていたが、オレは竜之介の腕を引っ張っていくことにした。
そんな痛々しい視線しか送れないくらいなら有栖ちゃんから少し離れたほうがいいんだ。
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