ケーキづくり推奨日《竜之介》
「有栖、今日は登校日だったよな?学校行くのやめて、兄ちゃんとケーキでもつくらないか?」
ある朝、兄がノックもしないで、有栖と僕が寝ている部屋にバタンとドアを開けて勢いよく入ってきた。
「うわ!び、びっくりした!兄貴、入ってくる時はノックしろよ!俺と有栖が万が一いちゃいちゃしてたらどうしてくれるんだよ!」
なにもないとは言え、有栖と同じベッドで寝ているところを兄に見られるのは照れ臭く、僕は慌てて飛び起きて乱れていた布団をなんとなく直す。
有栖は睡眠薬を服用しているせいか、朝はぼうっとしていて、ふにゃふにゃしながらむくりと身体を起こす。
パジャマの前が少しはだけていたから、僕は慌ててささっとそれも直す。兄には見せたくない(もったいないから)。
礼儀正しい兄がそんなふうにノックもせずに部屋に入ってくることは珍しい。
「なんで…?お兄ちゃん、今日仕事忙しいって言ってなかった…?」
有栖は寝ぼけた声で目をこすりながら尋ねる。
兄は僕の慌てっぷりは華麗にスルーする。
「仕事はなくなった。有休だ。そして俺は今すごく有栖とケーキを作って、食べたいんだ!兄ちゃんの急な願いを聞いてくれ……そして竜之介、おまえは今すぐ学校へ行け」
「は、はあ?なんで俺だけ…」
言いかけて、兄が有栖に見えない角度で、僕へなにかの合図を送っていることに気づく。
しきりに左手の親指で、スマホの画面をトントン叩いているのだ。
「……?」
まさか…と思いかけた時、ベッドサイドの僕のスマートフォンが鳴った。
『竜之介、しばらく有栖ちゃん学校に行かない方がいいかも。あと、外に出さないとか、ネット見せないようになんてできる?ごめんな、防ぎきれなかった。」
桃からだった。
やっぱりそうか……
絶望的な気持ちになりながら、短く返事をして電話を切る。
僕はなにげなく有栖なスマホも手にとって、パジャマの胸ポケットに収めた。
「ほんとに急用ができたから学校に行ってくるわ……そんで、俺も有栖と兄貴のケーキが猛烈に食べたくなってきたから作ってくれるとうれしい」
兄をちらっとみながら言う。
有栖はまだ眠いのか、唐突な話にぽかんとしている。
「有栖、兄ちゃんが平日休みなんて珍しすぎるじゃん。俺がいない間、じっくりケーキづくり楽しんでいてよ」
有栖に有無を言わさず、部屋を出る。有栖のことは兄に任せよう。
手早く身支度をして、冷蔵庫の中の野菜ジュースを飲んで外にでる。
忘れずに有栖のスマホも鞄に入れる。
もともと有栖はそんなにスマホをずっと触るタイプじゃないし、俺が知る限りはsnsもそれほどやっていない。
たまにInstagramを見ているくらいか。
でも見てしまうかもしれない。不用意に見せたくなくて彼女のスマホも持ち出したのだ。
玄関を出てから、深呼吸してからスマホを開きネットを見る。
父はいわゆる著名人ではあるけれど、芸能人というわけではないし、今は逮捕されて既に一線を退いている。(2年前の人を使って息子ーーーつまり僕だ---に暴行を加えようとし、庇った娘に重傷を負わせた罪で逮捕され、もろもろの犯罪もバレて、現在は懲役の実刑を受けている)
内容もゴシップだから、有名ポータルサイトやsnsのニュース欄のわかりやすく目につくところに記事はなく、少しほっとするも、小さい見出しに父親の名前を見つけて、息を止めてタップする。
「愛娘との愛欲の日々」
「元有名実業家 立花被告の野蛮な営み」
「激ヤバ 立花元社長の私生活、これ誰が撮ったの?」
『娘のことを性的に虐待していた立花被告』
『娘は父親から日常的に性被害を受けていた!』
嫌な言葉が次々と目に入ってくる。
サイトによって見出しは違ったが、どれも下劣でどこか興味本位だった。
吐き気がする。
リンク先の春夏出版のサイトに飛ぶと、「この先には露骨または猥褻な画像が表示されます」の注意書きとモザイクと黒い意味深な目線隠しに汚された有栖の裸体があった。父の身体と共に。
僕は咄嗟に口を抑えた。
上手く呼吸ができなくなっていた。
なんだ、これは。
なんだ、これは。
知っているつもりだった。
有栖が父親からされていた乱暴で卑猥な行為を。
実際に2年半前に有栖が親父に犯された時は傷跡や内出血の痕もみた。
それもひどくつらかった。
だけど、なんだこの写真は。
この写真を見ているときに湧いてくる感情はなんだ。
吐きそうだ。
僕はその画面をススライドさせた。
そこには、彼女の白い胸やら太腿からが写っていた。
モザイクがあってもわかる。
たしかに有栖だった。
こんな写真、こんな掲載、これは罪にならないのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。