脅迫(有栖》
カフェの扉を開けると、記者の男性はすでに席についていて私を待っていた。
「有栖ちゃん、こっちこっち…」
私に気づくと、にやにやしながら手を振って私を招く。
大丈夫…
大丈夫…
私は深呼吸をして彼の元へ向かう。
「こんにちは……」
私は頭を下げて席に座る。
「あらためて真正面からまじまじと見ると、本当にきれいだね。立花氏のご令嬢は……。そのへんの駆け出しのタレントや女優が野暮ったくみえるな…」
口元に手をやりながら記者は、舐めるように上から下まで私をじろじろ眺める。
「これは立花氏の気持ちもわかるなあ…」
べろりと記者は上唇を舐める。
私は注文した紅茶が届いたのをきっかけに口を開く。
「あの…早く写真を見せてください」
できるだけ強い口調で言った。
怯んじゃだめだ…。
記者はますますにやにやと笑う。
嫌な笑い方だ。
「おや、見かけより勇気があるね。こんな写真を自分から強請るとは」
記者は鞄から、おもむろに紙袋を取り出して、中身をざっと出した。
私は目の前が真っ暗なった気がした。
足元からサーっと血の気が引くのがわかる。
私が想像していたよりうんと生々しい写真だった。
そこに写っていたのは、中学生の頃の私の自室での父親とのベッドでの情景だ。
《あの頃》の写真だった。
押さえつける男性と、はだけた衣服の半裸の少女。
男性は紛れもなく父親で、組み敷かれている少女は私だった。
私は自分の肌があらわになっていることに耐えられず、咄嗟にテーブルの上の写真を手のひらでバッと隠していた。
「おっと……まあ、そうなるよね……。でもこちらはデータも持っているんだよ…すごい写真だよね…」
もう記者の顔が見えなかった。
写真を隠した指が震えるけどとめられない。
ただただ目の前の写真が、私の脳をぐるぐるとかき混ぜていく。
頭のなかでチカチカと閃光が点滅する。
忘れたふりして生きている。
でも私はこうして何度も何度も揺さぶられて、過去から逃げられない。
はあ…はあ…自然に吐息が荒くなってしまう。
なんでこんな写真が……
「なんと、動画もあるんだぜ……いや、俺も憐れんでいいのか興奮していいのか悩んだね…。いやはや、立花のお父さまは、外ではメディアでもひっぱりだこのイケオジの評論家の学者先生、家では未成年の義理の娘に欲望を滾らせるなんて……暴行罪以上に罪深いねえ…」
耳鳴りがする。
「君が嫌なら、この写真は誰にも見せない。そのかわり……わかるよな?」
記者の男が身を乗り出して、私の耳元で囁く。
震えが止まらない。
うまく息ができない。
私の髪をなでつけながら、耳朶に触れるほど近くで記者はさらに囁く。
「まあ、君の美貌ならわからんでもないよ……どうせ義理の兄弟にもヤられてるんだろ……そういうの、そそるなあ……」
やめて!と言おうとして、私はそこで顔をあげた。
バシャ……!
記者の男性の頭からポタポタと水滴が落ちる。
「は……?」
男性もわけがわからないといった表情をしている。
見ると、桃くんが空になったグラスを両手に持って立っていた。
「外道……」
今までに見たこともないほど冷たい視線で、桃くんが男性を見下ろす。低い低い声だった。
「な、なんだよ!おまえ……っ」
男性が慌てて袖でで顔を拭いながら喚く。
「……熱いコーヒーじゃなかっただけマシと思えよ」
桃くんの視線が、一瞬、テーブルの上で水浸しになった私の写真に向けられ凍りつくのが見えた。
「おまえ、写真を世に出したら、今のお前の下衆な脅しネットにばら撒くからな」
静かだが抑えきれない怒りを含んだ声。
私は驚いて桃くんを見る。
「全部録音したからな、覚えとけ」
桃くんはポケットからスマホを取り出す。
「っざけんな!」
男性が怒りで声を荒らげ、スマホを奪い取ろうとしたが、桃くんはひょいとそれをかわして、私の手をとる。
「有栖ちゃん、帰ろう…」
桃くんは私の手を引っ張り、カフェを飛び出した。
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