かくしごと《海里》

あの時の顔……


有栖の顔。

記者の男が去ったあと、大丈夫と言った有栖の顔が、父親に乱暴をされた痕を隠そうと、袖をさっとおろした時と同じ表情で不安になる。

男に何を言われたんだ……?

胸騒ぎがする。


どこまで聞き出していいものなのか躊躇う。


有栖が忘れているのなら、無理に思いださせたくない。

でも気になる。


「珍しいわね…立花くんの仕事の手が止まっているなんて…」

先輩に声をかけられてハッとする。


「す、すみません……ちょっと考えごとをしていました」

いかん、会社だった…。


「なあに、恋の悩み?私が相談にのりましょうか?」

先輩は、俺の肩を撫でるように触れた。

最近はそういうのもセクハラになるらしいですという言葉をスッと飲み込む。


「いえ、大丈夫です。今晩のつくねについて考えていただけなので。」

「つくね……」

俺は仕事に戻る。


一応、竜之介にも話しておいたし、今日の有栖は少し元気はないものの、概ねいつもどおりだったし、俺の杞憂だといいんだけれど。


父の影が消えない。

父が塀の向こうにいてもなお、有栖を俺たちを脅かす。早く、早く、断ち切りたい。


たまに父に凌辱されている有栖の夢を見て吐き気で目が覚める。


有栖がちゃんと竜之介と健やかに眠っているか確認しにいきたくなるのをぐっと堪える。


竜之介に任せたのは俺なのだから。

有栖は竜之介へのほうが心を許しているし、安心できるのだ。

そして竜之介は俺より冷静で理性的だ。

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