水晶の砂漠にて
守宮 靄
白い廃墟でうたうもの
涸るる
方形の白い影がぽつりぽつりと立ち現れる。日干し煉瓦で組まれた家々だ。多雨多湿の私の故郷では決して見られない建築である。角砂糖に小さな穴を開けたような建物が白い海に
乾燥と熱砂とに慣れているはずの草木でさえ、今はその残骸を侘しく晒すのみ。人間については言うまでもない。死の都を放棄したのか共に滅んだのか分からないが、ここが廃墟となって久しいことは確かだろう。窪地の中央、かつての泉の底から離れる。そのまま都を横断して次の宿場町を目指すつもりだったが、一風変わった建造物が目を引いた。それは他の家々と同じ大きさ、そっくりの輪郭を持っているが、奇妙なのは窓の数であった。小さな窓を一つ二つ控えめに持つだけの他の家と違い、大きな正方形の穴が整然と並べられている。好奇心をそそられた私は近くに駱駝を繋ぎ(そうしないと勝手に帰ってしまうらしい)、その建物へ足を踏み入れた。
家の中は思いのほか明るかった。それもそのはず、頭上には天窓が規則正しく並び、空を矩形に切り取っている。地面には色とりどりの割れた
しかしこの廃れた楽園の主役は、植物でも窓の透過光でもなかった。部屋の中心に、硝子でできた細長い八角形の箱がある。十数年前の私なら入ることができたかもしれない程度の大きさだ。縁の絢爛な装飾には白っぽい砂埃が積もり、透き通っていたはずの箱の上面は砕けた色硝子と白砂に隠され、中にある黒い影の輪郭をなぞることはできない。
そして箱の傍の腰掛けには、等身大の人形が
立ち上がり、もう一度よく人形を眺めていると、うなじにツマミがあることに気がついた。指の先ほどの出っ張りの周りをぐるりと一周するように、矢印が描かれている。矢印の長さと同じだけツマミを回すと、カチチチ、とゼンマイを回すような音がした。一瞬の静寂ののち、人形が歌い始めた。
人間の声ではない。高く細く硬い、金属質の響き。ときどき音が躓いたり、不協和音を混ぜたりするのは経年劣化ゆえだろう。冷たくも柔らかく、どこか物悲しい調べ。聞き馴染みのないはずの異国の音楽に、どうしてこうも郷愁を掻き立てられるのだろう? 何度も繰り返される印象的な節回しが不意に、忘れていた記憶を掬いとった。子守唄だ。
それにによく似た響きをもつ歌が、目の前の人形の口から漏れ出ている。そのひび割れた顔に姐やの面影を重ねてしまったのは、いささか感傷的過ぎたかもしれない。演奏の終わりには穏やかなアルペジオが尾を引いて、乾燥した空気に溶けていった。余韻と寂寞。いずれ砂の底で眠りにつく、滅びた都に捧げる曲としても相応しいが、私はこの歌が誰のためのものなのかもう知っている。
これは部屋の中央の、硝子の柩で眠る子のための歌。
曇りなき眼はすでに地に落ちて
わが追憶よ挽歌とおどれ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます