第二章 神隠しを調査せよ

第9話 次に舞い込む依頼

 ある日曜日の昼前。


「そういえばさ」


 志季がふと、思い出したように口を開く。


 今日は朝からバイトに来ている志季だが、いつも通りほとんどやることがないので、今は事務所のソファーで横になってファッション雑誌を読んでいた。


「ん、何?」

「うーん……志季さん、何ですか……?」


 所長用のデスクに置いているノートパソコンで通販サイトを見ていた冬夜が顔を上げると、その手のそばで丸くなって眠っていた猫姿のコハクも目を覚ます。


 揃って志季の方へと視線を投げた二人に向けて、志季はさらに続けた。


「こないだ宗像むなかた財閥がどうのって言ってたろ」

「ああ、お金持ちでいいなって話したやつね」

「そんな話、してましたね」


 冬夜とコハクがすぐに思い出すと、


「そこの御曹司が交通事故に遭ったんだってな」


 志季は事もなげに、さらりとそう返す。


「え、そうなの?」


 予想外の話に目を丸くした冬夜が、思わず聞き返した。


「今朝ニュースになってたぞ。見てないのか?」

「あ、俺は昨日の夜からずっと通販サイト眺めてたから、まだ今日のニュース見てない……」


 しまった、とばかりに冬夜がうつむく。

 通販のチェックに夢中になると、他のことがおろそかになってしまうのは冬夜の欠点である。


「またかよ。多分新聞にも載ってるだろ」


 呆れた様子の志季が起き上がり、目の前のテーブルに無造作に置かれていた朝刊を手にした。そのまま「ほら」と冬夜の方に投げてよこす。


 上手くキャッチした冬夜は、早速朝刊を広げ、ページをめくり始めた。


「どれどれ……。あ、ホントだ。小さくだけど顔写真も載ってるね」

「この人ですか?」


 一緒に朝刊を覗き込んだコハクが、もふもふの真っ黒な前足を写真の上に乗せる。


「そうだよ」

「へー、この人もお金持ちなんですか?」

「実家がお金持ちだから、きっとそうなんだろうね。あ、今のうちに他の記事も読んでおこうかな」


 冬夜は思い出したようにそう言って、ノートパソコンを閉じた。冬夜が朝刊に集中し始めると、コハクはその場でまた丸くなる。


 冬夜がしばらくの間、黙々と朝刊を読んでいると、不意にデスクに置かれたスマホが鳴った。


「ん? 協会からのメールだな」


 着信音だけで判断した志季が言うのとほぼ同時に、冬夜はスマホの画面に目を向ける。


 そこには志季の言った通り、『協会』と表示されていた。



  ※※※



 三人は所長用のデスクの周りに集まって、協会からのメールを確認する。


「今日は何だろ……?」

「最近は結構依頼が来るな」

「そうですね」


 スマホを持った冬夜の手元を、どれどれ、と志季とコハクが一緒になって覗き込んだ。


「えーと、神隠しの調査みたいだね。幻妖絡みの可能性が高いって」

「お、じゃあ今度は当たりっぽいな。もちろん引き受けるんだろ?」


 そう言って冬夜の顔を見た志季は嬉しそうだ。


 冬夜も報酬の高い幻妖の方が、収入的にはありがたい。もちろん、きちんと退魔できるならば、の話ではあるが。


「幻妖の退魔だったら報酬もよさそうだし、困ってる人は放っておけないよね。引き受けない理由がないよ。志季がいるから、多少は強くても何とかなるだろうし」

「おい、毎回オレにばっかり頼るなよ。万が一オレが戦えなくなったらどうするんだよ」

「そうなったら『うずく右目』とやらを解放するよ。中二病全開でさ」


 冬夜はそんな冗談を言いながら、心底可笑おかしそうに目を細める。


「ああ、ぜひともそうしてくれ」

「じゃあ、引き受けるね」


 呆れる志季の様子に、冬夜はさらに笑みを深めると、早速返信のメールを打ち始めたのだった。


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