厭気

@kurokawa_takumi

ある初夏の暮れ

どこか夏の終わりを感じつつある日かずやは言った。


「どこかにナイスバディのいい女はいないものかねぇ」


また始まったよ、


「また街でナンパでも洒落込めばいいではないか。」


と返す。


かずやは洒落たダブルのスーツの袖を靡かせながら


「夜に飲屋街でも行こうかなァ、あこの店主とは馴染みなんだ」


解っていた返しが耳を打つ。空はほのかに赤く染まり始めていた。


「そうか、俺はもう家に戻るよ。」


そこはかとない情動のずれを抱きながら、返した。


「なんだァ、つれないなァ」


少しばかり呆れた様子だ。


かずやは飲屋街の方へ、やがて溶けるように消えていった。


「家に帰って音楽に浸ろう」


思わず吐いた。


繁華街もそういった色事もあまり身に馴染まない、ともすれば家で好きにする他ない。


どこか冷ややかで憐れんだ視線を感じながら、帰路に付く。


真っ赤だった空も、いつのまにか暗い。


シャツから出た腕に寒気が染みる。


肩に厭気を乗せながら階段を登り、ドアを開けた。


換気扇の紐を手で引く、薄汚れたキッチンの椅子に腰掛け、一服。


12mgのおもったるい煙が喉に触り、肺に染み入る。


おもむろに上がっていたレコードの針を落とす、部屋がノラ・ジョーンズの甘く、どこか苦味のある歌声で満たされる。


瞬間、肩の厭気が溶け落ちる。


しばし微睡んだ後、横になる。


「彼の目からみた自分は、情けのないつまらない男なのであろうか。」


そんなことを頭に浮かべながら、また歌声に微睡む。


厭世的な情動が、空間に溶け行く。


この感覚は、彼奴には分るものではないのであろう。


先に街で感じた情動のずれは、未来永劫ずれたままなのではないだろうか。


こう思うと、彼奴との付き合いも少しばかり考えてしまう。


そう巡らせている内、瞼が重みを増していく。


心地よかった歌声も、少し鬱陶しい


どことなく厭気を残したまま、眠りに落ちていく。


この厭気は…











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る