十二月から十月まで

不凍港

1・とびなは

歌会は満月がよく満月の歌会にむけ眼鏡をぞ拭く


玄関灯のそれぞれの明るさゆゑの夜の底なるくたばりきれなさ


野良猫を見かけるけれどそれを上回る総量の悲しみのあり


むなしさに つかひたくなけれども持つ全集の端本の重さ


争ひに巻込まれゆく心地する煙草覚えし友等の顔も


クリスマスイブイブにして街頭のこはり見つめがたくてきよし


傍らの人消されゐる写真から冬川ふゆかはの流れ難きを思へ


天気雨の路上につぶつぶ見えをるを眺むればまた楽しからずや


瓦礫とは詩の言葉にて寄りきたる水にじやぶじやぶ曝されてをる


鈍き吾れきららジャンプで膝の皿割らぬかばかり怯えてをりぬ


紺天と説きたるせい広辞苑第六版は用いざるらし


これを使つてなはとびをするなはだからとびなはですと教へし先生


動作せぬプリンタを前に責めらるるのはわたくしかとも思ひつつ


齋藤茂吉七十年ののち一介の学生に読まれいよよおもしろ


人の子はわれを馬鹿にし訳も判らぬままいちぐわつ日は沈みたり


  十年に一度の寒波といふ

百回は経験してきたはずなれど市バスの滑る京都たのしも


  往復書簡 笑犬樓 vs. 偽伯爵(後篇)

蓮實重彥寝たばこだけはご注意くださいと諭す相手は筒井康隆


フーコーを読む愛煙家なんといふ金づかひだらう最早ほれぼれ


あらかしは雪をかぶりて根元なる名札を人に読まれてゐたり


やりきれないではなくやりきるさうせねば報はれぬ硝子の青さがある


ずるいなあ岡井隆は獅子座ではないのにあんなにも獅子のやうで


自我一つ置き去られゐつ全てのもの春に向け加速してしまへば


  一月三十日・三十一日にかけて

四十八時間百首この精力をわが課題に注がばやと思ふも


あがなひと思ひ込みたし腹痛をつひに癒せずひと過せば


ほんたうの全部を忘れちやいけないと思ひつつ寒の橋渡らふ


立春の月むら雲を脱すまでの心静けさ心ならずも


同行がゐなくなるのは寂しいが悔ひぬといふなら我に言無し


葬列はまつすぐが良し(折れくだることの果て無さ知つてるだらう)


藤棚に雨のにほひをとどめつつ何事か黙つてゐる僕の背は


語誌に欠く語を探すとき冷え冷えと地下二階書庫つねよりも憂し

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