詩たち

羽井つかさ

亀裂

ここまで来たらもう駆け出したかった。がむしゃらになりたかった。走り出せばたぶんわりとすぐに息が切れてしまうけれどそれでもよかった、行けるところまで行ってみたかった、辿り着いたのがさほど遠い場所でもなくて、走り始めた場所がすぐそこに見えてしまったとしてもよかった、地面を蹴って前に進んでみたかった、


どこかが歪んでしまえばいい。完成した夏ってものにどっかで亀裂が走って、その隙間から生まれたブラックホールに世界がじわじわ吸い込まれていく、きっと私はそれを見に行く、夏の綻びにきっとどうしようもなく満たされる

今ここを去ろうとする影が寂しそうなのはどうして。気味が悪いよ。無音をサイダーのペットボトルで埋めてやった。鈍く反射する透明は軽く、風が吹けば笑うようにからからと揺れる

 わかってることなんて何もなくて、つながってたはずの昨日は全部、切り離されて、ただひとつ残った今と手をつないで、とりあえずここに立っている。ひんやりとした金属に触れる手のひらだけが、私をここにつなぎ留めた


 放り投げた白球が窓ガラスをひとつ割れば、街中のガラスと鏡とたぶんガリガリ君の外側なんかも全部一緒に砕け散る。散乱した破片の上を、落ちたら死んじゃうって言って跳びながら渡るよ、ひび割れた大地も肌も、そうすれば受け入れられるよ


天と地に挟まれたこの空間には何もない。太陽に晒されて全部蒸発してしまったのだ。私のなかにも何もなかった。ただ呆然と風を見ていた

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